第22話 図書館でのありがたくない出会い
「実はどうしても読みたい本があるのです。それは恐らくは王宮図書館にしかない本で、今から五十年ほど前の生物学者がとある島を訪れた際に書かれた観察記録なのです。その島は地理的に他から隔離されていたこともあり、この大陸や他の大陸にはない独特な生態系が見られるのです。あまりに衝撃的な内容だったため当時の教会から嫌われ、一部回収されたこともあってあまり出回っていないのです。私は鳥類、特に渡り鳥の生態について研究しておりまして、なんとしてもその本が読みたいのです」
「なるほど。女性ながらなかなか研究熱心な娘さんだ。どうぞ、私が特別に許可しましょう」
そうして図書館司書の長に許可をもらい、王宮図書館に入れることになった。
ちなみに、ここへは王宮の警備兵にかけあって連れてきてもらった。先ほど司書に伝えたのと同じような内容を伝えたのだ。
「他にも見たい本があるのですが、よろしいですか」
「ああ、構わないよ。もし誰かに咎められることがあれば私の名前を出せばいい。借りたい本があったら持ち帰っても構わないよ。もちろん、書名と君の名前は控えさせてもらうが」
(よっし!)
さすがはヒロイン特権だろう。
普通だったらこうはいかない。よく名前も分からない町娘がやって来て、司書に会わせて欲しいといった時点で追い返されるだろう。
そして司書がこんな優しい対応をしてくれるのもヒロインゆえだろう。
「では、しばらく見させていただきます」
そう断って、図書館の中へと入っていった。
入った途端に独特の本の匂いが漂ってきて、懐かしい思いがよみがえってきた。
セシリーの部屋には似たような匂いが漂っていた。
セシリーはとても勉強熱心で、いろんなジャンルの本が部屋にあったし、サザーランド家には屋敷内に図書室があって、そこには多くの蔵書があった。
そんなサザーランド家にもないような、たくさんの本が並んでいた。
さすがは王宮内図書館である。新しい本から古びてかび臭い本まで、しかも歴史、経済の本から家庭料理の本まで揃っている。
とりあえずはこの図書館にやって来たという理由をつけるために言った生物学の本を探した。
本はジャンルごとに分類されて本棚に収められており、目的の本はすぐに見つかった。実はサザーランド家も所蔵していた本で、読みかけのものの続きが気になっていたのだ。
そうして別の本も借りていこうと書架の間を歩いて行くと……やっぱりというべきかなんと言うべきか、そこにいるだろうな、と思っていた人物に遭遇した。
「おや、こんなところにこんな若い娘さんがいるなんて、珍しいな」
彼は自分が興味があること以外にはとても内向的で、自分から声をかけることなんてあり得ないはずなのに向こうから声をかけてきた。
ベリンダは聞こえないふりをして書架の方へと視線を移し、なにか迷っているようなそぶりで、そちらに構っている暇などないと全身でアピールしたのだが。
「なにかお探しの本でも? 自慢するわけではないが、私はこの図書館の常連でね。ほとんどの本のありかは頭に入っている」
そうして自分の頭に人差し指を差した。
彼は天文学者のメルヴィンだった。
現国王は天文学に興味が深く、彼はその国王専属といっていい学者だった。とても記憶力がよく、天文学の基礎ともされている本など丸暗記しているくらいだ。
あまり日に当たらないせいか、肌が白く片眼鏡をかけている。とても穏やかな瞳をしていて、本好きなセシリーと気が合いそうなのに。
(この図書館で何度もセシリーと会ったはずなのに、なぜ声を掛けなかった? ベリンダにはこうもたやすく声を掛けてくるのに……!)
以前はセシリーで、いくら会っても会釈するくらいで声も掛けてくれたのに、ベリンダになってようやく、とはやはり思えなかった。
「いいえ、目的の本はもう探しましたし、あとは好きに見ているだけなので放っておいてください」
わざとそちらは見ずに、書架の本を適当に取り出してぱらぱらとめくってみた。
「ああ、その本は気象学に関する本だね。気圧の測り方や、気圧が下がるとどんな天気になるかなど、分かりやすく解説してあって……」
「……つまらなそうね」
そっけなくそう言って書架に本を戻した。
そうして別の書架に向かって歩き出したのだが、メルヴィンはそれにさりげなく付いてきた。
(そんなに私のことが気になるの? もうっ、ヒロインって案外大変なのね!)
今はゆっくり本を見て歩きたいのだ。フラグを折らなければとか、面倒くさいことはあまり考えたくない。
そうして書架を見て歩いているうちに、またメルヴィンが声を掛けてきた。
「探していたというのはその抱えている本だね。生物学に興味があるならこの本はどうだい?」
そうして、メルヴィンは書架から青い背表紙の本を取り出した。
「どんな高温でも低温でも、乾燥状態でも死なない虫のことが書いてある。寿命も長く、百年以上は生きるそうだ。その他にも、世界の不思議な生き物について記載がある。五百年生きるサメの話や、人より大きな猫のことや……」
(その本、確かに面白そう!)
そうしてメルヴィンへに目を向け、彼が持っていた本を受け取った。




