第1話 悪役令嬢からヒロインへ?
そもそも目覚めたときから違和感は覚えていたのだ。
あれ、久しぶりだけどこんな感じだったけー、と。
しかしそれは、姿見の前に立ち、己の姿を見たことで目前に突きつけられた。
「……って、なによこれ! 聞いていないんだけど!」
??は自分の頬に手を当て、自分の顔を確かめた。
見た目も違う、肌触りも違う。ついでに身長も違う。
「どうして私がベリンダになっているのよ! おかしいじゃない!」
思いっきり叫ぶが、反応してくれる者はいなかった。というか、部屋には誰もいなかった。
そうだ、部屋の様子もおかしいと思っていた。
なぜ、このシシリー王国で二大勢力と言われるサザーランド侯爵家の子女である自分が、こんな粗末な部屋に逗留しているのか。旅の途中であっても、こんな古くて手狭な部屋はあり得ない。そして手入れも全く行き届いていない。窓は薄汚れているし壁には茶色い染みがこびりついている。
「もしかして……今度はベリンダに転生したの? セシリーじゃなくて?」
そうだ、この金色のふんわり巻き毛とおっとりと垂れ下がった碧色の瞳とふっくらとした薔薇色の頬はベリンダそのものではないか。
今は寝起きということからか、ふんわり巻き毛どころか髪があちこち絡みまくって酷いことになっているが。
「どうしてベリンダなんかに? 納得がいかないわ!」
周りのものに思いっきり当たり散らしたい気持ちだった。
ベリンダはこの世界で一番嫌いなのは誰、と言われて真っ先に名前を挙げたい娘なのだ。
そんな娘に転生してしまうなど、誰がどんな悪巧みを、と考えてしまう。
「ちょっと! ランドルフ! ランドルフ! いる?」
虚空に向かって叫び続ける。
いつもだったらうるさいなあ、という顔をしつつ現れるあの者がなかなか現れない。
考えてみたらそうだ。あの者はセシリーについていたのだ。きっと今頃セシリーの側に居るだろう。
本当にもう、なんて災難なんだろうと怒りを通り越して泣きそうになっていると、
「はいはーい、とうるさいなあ。そんな何度も呼ばなくても聞こえてますよ」
声に応えてか、ランドルフがいつもの呑気な声を挙げながら現れた。
現れた、というより出現した。
彼は神出鬼没の妖精……いや、自称妖精なのだがそうであるのかとても怪しい。
妖精とはもっとファンタジックで見ただけで心が躍る存在ではないのだろうか。彼の見た目は白くて胴が長い、ふわふわのイタチのようで、しかも翼が生えている。人語をしゃべる羽根付きのイタチ。妖精、というより妖怪ではないかと思うのだが、この世界には妖怪という存在は認知されていないようだ。
「今日から君はベリンダだ。よかったな、やっとヒロインになれて」
「こんなこと望んでないわよ! 私はセシリーのままでよかったのに!」
自棄になって喚き散らすと、ランドルフはそのつぶらな瞳をぱちぱちとさせる。
「おいおい、正気かよ。セシリーなんてヒロインのベリンダをいじめまくる悪役令嬢じゃないか」
そうなのだ。
セシリーは悪役令嬢だ。
主人公の邪魔をして、嫌みをいい、彼女さえいなければもっとスムーズに話が進むのに、という、憎まれキャラだった。
ただ、この世界に転生してくる前、別の名前で呼ばれていたとき、やっていた乙女ゲームで唯一感情移入できたキャラクターだった。
だからって突然の事故で死んで、転生した先が乙女ゲームの世界で、しかも悪役令嬢に転生しているなんて。どういうことかとしばらくは混乱したが、どんなに嘆いても元の世界に戻れるわけでもないし、これは急に死んでしまった私への神様のちょっと気が利かないプレゼントだと思ってここで過ごすことにした。
なぜ気が利かないかと思ったかといえば、どうせならファンタジーRPGの世界に転生したかったと思ったからだ。
乙女ゲームは、友達がどうしてもと勧めるからやっていただけで、あまりのめり込めなかった。なにしろヒロインではなく、悪役令嬢に感情移入していたくらいなのだ。
それがもう六回もこの世界で転生を繰り返し、今回で七回目である。
またこの世界で悪役令嬢か、今度こそヒロインを邪魔して、ヒロインの相手役である六人の男の誰ともくっつけさせないぞ、と燃えていたのにこれである。