第17話 ヒロインのフラグ力
「あまり広い部屋ではないので、5人ほどのお付きの方の他はこちらでお待ちください」
サミュエル国王は20人ほどを引き連れてきている。そんなに広くない店が人でいっぱいだ。たぶん、外にも警護の者がいるだろう。
ちなみに、ベリンダの警護をしていたカーティスたちは、今日は王宮内で大切な会議があるために不在である。そのため、自分たちが迎えに来るまで店からは出ないようにと厳命されている。ひとり警備兵を置いていったが、彼は『今日は店から出ないから、遊びに行ってもいいわよ?』と言ったらさっさと持ち場を離れて遊びに行ってしまった。
「うむ、ではお前達はこちらで待っておれ」
サミュエル国王が重々しく言う。
彼は国王らしいというべきか、重低音の声で思わず聞き惚れてしまうほどだ。
そうしてベリンダが先導し、サミュエル国王を奥にある試着室兼採寸室へと案内した。
「ん? どこかで見た顔じゃないか?」
通路を歩いているとき、サミュエルに声を掛けられるが、
「気のせいです……。私はしがない仕立屋の従業員で……、あなた様のような方の目には映ることすらおこがましい」
少々腰をかがめつつ、卑屈な態度でそう言ったのだが。
「ああ、ベリンダは先の晩餐会で畏れ多くも王子様に声を掛けられた幸運な娘でして。そして、そのときに来ていたのがうちの娘が作ったドレスで」
リリアの父が嬉しそうに余計なことを言ってしまった。
その晩餐会にはサミュエルもいたはずだ。
その言葉で思い出したらしく『ああ、そうだったな』と頷いた。
「それで、その娘がなぜこのような店で?」
「それは……」
「それは、この前華やかな舞踏会に出たので今度は裏方の仕事に回ってみたいと」
リリアの父親がベリンダの言葉を遮り、とても楽しそうに語っていく。
「なるほど。先に王子に働いた無礼を反省して今度は裏方に徹しようと言うのだな。なるほど、なんて慎み深く健気な娘だ。そうに違いない」
(ち、違いますけど)
しかし、サミュエル国王を取り巻く強面の従者を見ると、元悪役令嬢だったはずなのになかなか反論することはできない。
そうして個室に彼らを案内すると、用事は済んだとばかりにさっさと店頭へと戻った。
するとそこには商人のクリフが待ち構えていた。
「君がいない間にこの店にあるものを見せてもらったのだが、なるほど、なかなかいいものを揃えてあるな」
(いいものって……布だけど。布にいいも悪いもあるの?)
店の中央にはドレスが一着があり、それ以外は見本の布が並んでいるだけだ。この布の価値は、先に熱心にリリアに説明されたことがあったが、残念ながらベリンダにはまったく分からなかった。
クリフは店の中に掛けられた、あるいは雑多に積まれた布を見て、時にはそれに触りながら歩いている。
布によって価格が違うのは分かるが、ベリンダにはどの布が高いのかはよく分からない。素材として絹は高いだろうな、くらいは分かるけれど。
「なかなか手に入らない布もあるな。これは舶来品だろう? いやあ、なかなか手広く商売をしているようだな」
どうやらクリフは先ほどの会話は聞こえていなかったみたいで、ベリンダがこの店の娘だと思っているようだ。
「サミュエル国王とは先に彼の国へ仕入れをしに訪れたときに出会ったんだ。私のような平民出身の商人にもよくしてくれてねえ。我が国に来ることがあったらぜひとも家に寄ってくれと冗談半分に言ったのだが……本当に来てくれてね」
「はあ、そうでしたか」
気のない返事をして、作業台の前の椅子に戻った。
話を打ち切りたかったのだが、クリフはそんなもの気にせずに続ける。
「相手は国王陛下だからね。まさかと思っていたのだが、ひと月ほど前に手紙が来てね。ぜひ私の屋敷に逗留させて欲しいとのことだったので、快諾したのだ。ということで、今は私の屋敷に逗留しているんだよ」
クリフは商人ということからか、とても明るく気さくで、彼こそこんな店の娘にまで、と思うほどなんの気兼ねもなく話してくれる。
「ええっと……仲がよろしいんですね」
まったく無視することもできずに、作業に戻りながらも声を上げる。
ベリンダは今、帽子に装飾品をつける作業をしていた。
仕立屋の仕事を手伝うなどと言っても、ドレスを作る手伝いは最初からは任せられない、とのことだったので、ドレスにつけるレースを編んだり、小物を作る手伝いをしていたのだ。
「そうなんだよ。国王という立場にあると、なかなか友人が作れなくて困るのだが、君がそうなってくれて嬉しいとまで言ってくれてね」
「はあ、それはよろしかったですね」
「そんな彼が、この国で服を作ってみたいと言うので、この店に案内したんだ。以前も主人に服を仕立ててもらったことがあるので、屋敷に呼ぼうかと言ったのだが、直接行くと言って聞かなくてね」
「なるほど」
ベリンダは花びらを模した布を帽子につける作業を続行していた。
なかなかに集中力が必要な作業で、特に慣れないベリンダは少しでも気を抜くと不格好になってしまい、とても売り物にならない残念な仕上がりになってしまう。
「……君は、せっかく話しているのだから少し作業を中断するとかできないのかな?」
とうとう不機嫌な声を上げてきた。
待ってました、とばかりにベリンダは顔も上げずに言う。
「すみませんねぇ。花冠祭りが近いということもあって注文が殺到していましてね。忙しくて忙しくて、他に構っている暇などないのです」
とても嫌そうな声で、ぶっきらぼうに言ったのに、
「ああっ、そうか。それは気付かずに申し訳なかった。どうか作業を続けて欲しい」
そう言って口を噤んだのはいいのだが、店にある布を見るのを中断してベリンダの作業をじっと見つめている。




