一、静かなる捕食者(7)
「確かに……これって天井のまだら模様で巧妙に隠してあったみたいだけど、古代文字で書かれた呪文のようね。この呪文がどういう効果をもっているのかまでは、さすがに今すぐ解読ってわけにはいかないけれどね」
そう言って俺の背から、トンッ、と降りる。
「だが現状を打開する手にはなりそうだ」
「じゃあ、エルエスにディスペルマジックをかけてもらおうか?」
立ち上がり、天井を見上げながら提案する。
なるほど、大小のたくさんある黒い斑点の隙間に紛れ込ませているせいで、目を凝らしてもなんとか文字らしき形がわかる程度だ。古代文字なんか見たこともない俺たちが、漫然と天井を仰いだところで気付くはずもなかったわけだ。
「いや……ちと早ぇな。他にも同じ要領でテレポーテーションする場所を割り出してからの方がいいぜ」
少し考えたように腕を組んだ後に、スキップは首を横に振る。
「む、そうか」
「彼の言う通りにしましょう? スキップのおかげでこれまで無事に進めてきたんですもの」
もちろん俺も異論はなかった。
「よし、じゃあ今度は俺も手伝うよ」
「おう、頼むぜ」
一人より二人の方が断然早い。
そう思って塗料の小袋を受け取ろうとスキップに駆け寄る。
と、その時。
ぐりゅっ?
「うわっ! っととと」
何かを踏んだ感触。次には足首を捻って体勢を崩してしまった。
ひょい。
素早い身のこなしで俺から避けるスキップ。そんな殺生なっ。
「いっててて……」
もれなくスッ転んでしまった俺は、一体何に躓いてしまったのか。
「──あれ?」
擦りむいた肘をさすりながら振り返った俺は、どんな間抜けな顔をしていたんだろう。
「なーにやってんだよ。んな何もないとこでコケるなんてよ」
「おっかしいな」
どこを探しても平坦な床ばかり。
躓きそうなものなんて一つもありゃしない。
「どこか打ってない? どう、立てる?」
呆れ顔のスキップをよそに、手を差し伸べるエルエスのなんと優しきことか。
まるで天使だ、と比喩ではなく本気で思ってしまうバカな俺。
「とっとと立って、再開しようぜ。ここが安全だって保障はないんだからな」
背中を向ける前にスキップは手をひらひらさせながら、「俺ぁ、女にしか手ぇ貸さねーの」と憎たらしい事を言うではないか。
……こ、コノヤロー。
と、思いつつも小袋を受け取った。
本気で怒っちゃいないけどさ、あの程度のこと。
背後からモンスターに襲われたっていうのなら、身を挺してでも助けてくれる男だ。だからこんなことで怒っていたらバチが当たるってもの。
でもなぁ〜。
大して手間でもないんだし、肩を支えるくらいしてくれてもいいじゃないか!
まったく。
憤慨しながらも小袋を握りなおして、いざっ! って時だった。
「おふッ」
なんだか気の抜けるような声がして、俺はその主を見た。
「ぶぶ! なんだよ旦那。変な声出してよぉ!」
バルバドに顔を向けたスキップが、噴き出しそうになるのを必死に堪えていた。
「いやな、首筋に水滴が落ちてきたようでな、思わず」
照れ笑いをしながらバルバドが弁解をしかけて──弾かれたように顔を上げた!
「マズイ! すぐにここから離れろ!」
笑みを浮かべていたた表情が一変。
危機を察知したバルバドの顔が硬直する。
彼の声量の度合いが、より危険な状況だということを示していた。
リーダーの叫びで、即座に後方へ飛びすさるスキップ。
俺とエルエスも身をひるがえした。
バルバドだけが、ソレを回避しきれなかった。