一、静かなる捕食者(5)
楽しげに光の粉を舞わせるシーフの後ろ姿を眺めていると、ふいにバルバドが「そういうことだったのか!」、野太い声を大にした。
なにかわかったんだなバルバド?!
巨体とその風貌に、つい力任せで剣を奮うようなファイターに見られがちなバルバドだけど、なかなか知恵も回る男なのだ。
大酒飲み、に見えるけど、実は下戸。パーティーメンバーの誰一人として飲酒を嗜む者がいないせいか、スキップはよく独りで酒場を出入りする羽目になるそうで。
まぁ、エルエスは果実酒くらいなら飲めるそうだし、俺だって少しくらいならいける。それでもスキップについていけるほどの酒豪ではない。
いざ戦闘になったときの気迫のこもった表情は、お酒が入った途端に鼻提灯を膨らますイビキ発生器と化してしまう。
それに加えて、普段は至って温厚。虫を殺すようにも見えない。(ただ、街の子供たちには恐れられているけど)
そんな彼は、二十六歳にしてレベルは二十にもなるファイター。
エルエスとは一つしか歳が違わないのに、経験では遥かに上をいっている。
俺たちパーティーのリーダーだ。
二メートルに迫るほどの長身を持ち、筋骨隆々の肌は茶褐色。鎧を纏っていなければ、まるで腕力自慢な大工の棟梁、といった風体をしている。
その筋力を活かすために、ウォーハンマーという重量のある武器を装備しているが、彼の本当の実力は予備に持っている小振りの剣を手にしたときに発揮されるんだ。
実を言うと、バルバドには一度だけ勝負を持ちかけたことがあった。
レベルは低くても俺は剣の腕にはそれなりの自信があった。冒険者になる前はさる国の騎士団に所属していたからだ。
当然、ウォーハンマーを使っての力押しで攻めてくると予想していただけに、彼が腰の剣を抜いたときには「バカにしてる」と思ったものだ。
しかし結果は惨敗。
巧みな剣技に俺は手も足も出なかった。ちっぽけな自尊心が粉々に砕けた瞬間だ。
そんな俺にバルバドは、仲間にならないかと声をかけてくれたのだ。荒削りながらもいい剣だ、とも言ってくれた。
彼の度量の広さに感服し、また、バルバドに勝負を挑んだ俺の向こう見ずさを買ったのかどうかは定かじゃないけど、スキップも俺のことをえらく気に入ってくれた。
もちろん、それだけでも彼らの仲間になるには十分な理由だったけれど。
でも一番の決定的な理由は……剣を鞘に納めて握手を交わす俺とバルバド。それを少し離れたところから見守るエルエスの嬉しそうな表情。
彼女の笑みと差し出された小さな手の平を前にしたとき、俺は彼らの申し出を快諾したのだった。
それからというもの、俺の目標はバルバドに追いつき、やがて追い越すことへと変わっていったのだった。
その彼が一体なにに気付いたというのか。
直面している無限通路の秘密か、はたまたこの塔に潜むからくりかなにかか。
俺の期待はいやおうなしに高まる。
「うむ。それがな、そのドワーフが喜んでいる理由が、発光塗料のおかげで洞窟での採掘作業が楽になったからなのだ。つまり、洞窟内でもランタンを必要としないくらいの明かりを得ることができるということを、そのロゴを用いて前面に押し出しているわけだな。しかし皮肉なことだ。ドワーフはもともと暗視が効くからな。その商品を作った人間はそのことを知らんかったのだろう。知識不足ゆえの可笑しさというところか」
コケケッ。
……なにを得意げに力説しているんだよ。
バルバドが言ったのはスキップの振りまいている粉の入った小袋のこと。
ドワーフという、人間とはまた違った種族がいるけど、彼らは岩穴などに篭って採掘作業をしていることが多いんだ。だから、彼らは「大地の妖精」などと呼ばれることもあるんだけど……。
期待した俺がバカだった。
そうだ、バルバドは戦いに関しては右に出る者はいないってほどの実力者だけど、たまに抜けたところがあるっていうか、妙なところに喰い付くところがある男なんだ。
「んなロゴのことなんか気にしてねぇで、見逃すんじゃねーぞ! おめーらも協力してくんなきゃ一生かかったって無限ループから抜けだせねーんだからな!」
スキップが怒鳴った。……もっともな意見だと思う。