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終、未来を紡ぐ魔法

 パチンッ……パチッ。

 薪のはぜる音。はっと顔を上げる。

 しん、としてひんやり冷たい風が、微かに前髪を揺らした。

 ブルッと身震いして、辺りを見渡す。視線を合わせた広葉の緑から、朝露がこぼれ落ちた。

 いつの間にか、火が消え入りそうになっている。どうやら居眠りをしていたようだ。

 脇に用意しておいた新しい薪を焚き火に放り込むと、ふぅ、と息を吐いた。

(もうそろそろ日の出る刻だな)

 辺りはまだ紫暗と静寂を背負っているが、ややもすれば朝日が昇る。また新しい一日がやってくる。

 天を仰ぐと星が一つ、瞬いた。

 星の輝きだけは、何年、何万年と時が過ぎようと、変わる事なくそこにあり続ける。そこには人間の一生など、ほんの些細な事のようにしか感じられない、悠久の光があった。

(長い……夢を見ていた)

 とても長い、けれども星の輝きが放つ永遠に比べれば、取るに足りないほどの一瞬。

 だけど、確かにあの時、彼らはそこにいた。必死に生き抜こうと足掻きぬいてきた生命の躍動があった。

 決して彼らの存在なくして、今の自分はここにない。彼らがいたからこそ、俺は今だって剣を振って戦い続ける事ができる。

 パキッ。

 小枝を踏む音がして、首を回す。

「ご苦労様。寒かったでしょう? 交代するわ」

 労いの声をかけて歩み寄る姿が、炎の赤橙に炙り出される。

 夢の中でまで観た優しい笑顔。なにものにも変えがたい大切な女性。

(エルエス──)

 息を呑んで見上げた俺は、すぐに彼女ではないと思い直し笑みを浮かべる。

 違う、彼女ではない。エルエスがここにいるはずもない。

「気にするな。それより、ゆっくり休めたのか? 疲れを後に残すと、肝心な時に力が出ねぇぜ。なんなら、もう一眠りしてこい」

 言い終え、頭を左右に倒した。

 しかし夢だというのにひどくリアルだった。本当に今さっきまで起きていた出来事のよう、瞼を閉じれば鮮明に思い出せる。

 疲れているのは自分の方かもしれない。あんな昔の事を夢に見るなんて、さ。

 心中で独白して、苦笑した。

(でも、あれから一日だって忘れた事はない)

 忘れられる訳がない。

 そう、忘れる必要なんてないんだ。

「大丈夫! こう見えて、結構頑丈なんだからっ」

 そう言ってはにかむ少女は、エルエスにどことなく似ている。

 灯りに映えるブロンドは頭の後ろで結わえており、俺の隣に腰を降ろすと馬の尻尾のように揺れた。

 並んで座ると、俺の肩にも届かない頭を傾げて、こっちを覗き込む。

「何か考え事でもしていたの?」

 その瞳は夜であっても晴天を映す。

 真っ直ぐ見つめる眼差し。瞳の色はエルエスとは違うけど、とても澄んでいる。

「ああ……ちょいと昔の事をな」

 過去に想いを馳せながら返事をする。

 思えばもう、あれから七年の歳月が経ってしまった。背丈も伸び、世を渡る術も少なからず身に付けた。

 レベルも十九まで達し、歴戦のファイターたるバルバドにあと一歩というところまで近づけた自負はある。でも、どれだけレベルを上げようが、彼のあの鬼神の如き強さには、まだまだ及ばない気もする。

(バルバド……一体どんな修羅場をくぐってきたら、あんたみたいになれるんだい? 俺じゃぁ到底相手にできないようなモンスターと戦ってきたんだろうな?)

 その答えを知りたいと思えども、彼の背中はここにはない。

 パーティーの長兄として、皆に頼られていたバルバド。もう一度、彼と肩を並べて戦いたい。今の自分の力がどこまで通じるのか、挑戦してみたい。

 けれど、その願いはレベルが肉迫した今に至っても、未だ叶わぬまま。

 あの時の自分の力では、どうしようもなかった。

 石化したバルバドを救う事は、当時の俺にはできなかった。

「ジギーの昔の話? ……聞きたい。ねぇ、聞きたい! いいでしょ、話してっ?!」

 少女が瞳をキラキラさせる。「こんな時間に起きてしまって暇なんだから!」、そう言いたげだ。

 まだ少しは日が昇るまで時間もある。こんな時間に目が冴えてしまって、暇を持て余しているのは自分も同じ。こうまで興味津々な表情をされて、今からテントに戻って寝ろと言う方が無理があるか。

「しょうがねぇな。少し話してやるよ。どんな話がいい?」

「どんな……って、何か考え事していたんじゃないの? それがいい!」

「却下。どうしてもって言うんなら、俺は寝るぜ。見張り番は任せた」

「ええッ、やだ! じゃあじゃあ、どんなモンスターをやっつけてきたとか。あっ! ドラゴンって会った事ある?! あたし、一度でいいから見てみたいなぁ、本物のドラゴン! ねぇ、どう?!」

 起きたばかりで、よくもまぁこんな元気があるもんだ。

(こういうところは似てねぇな)

 淑やかな女性らしさのある彼女と違う。けれど、少女のこんな明るさに、何よりも救われるのだ。

「ドラゴン、ね。それならとっておきの話があるぜ」

「わぁっ、会ったことがあるの?! 話して、話して!」

 乗り出してくる身を片手で制する。

「その前に、ちぃと一服させてくれや」

 懐から取り出した箱から、一本つまんだものを口に咥える。火をつけると、苦い香りが喉の奥に広がった。

「それ、なぁに?」

「嗜好品ってやつよ」

 不思議なものを見るような眼差しに、俺はそう答える。

 思えば、あの頃にはとても希少な品物だった。

 七年前、何もかもをなくして虚ろな眼で宿に戻った俺は、しばらく経ったある日、彼の泊まっていた部屋でこれを見つけた。

 最初、何なのかもわからず呆けて見つめていただけの俺は、これがスキップの「トレードマークにする」と言って、無限通路の目印にしていたものだと気が付いた。

 筒に雲のような形のマーク。

 雲が煙の事だとわかったのは、しばらくした後。数年が経つと、それが市場に出回るようになり、煙草という名前だと知ったのだ。

(あんた、先を見通すのが得意だったもんな)

 スキップの目の付け所には、ただ感服するばかり。

(あんたのトレードマーク。しばらく借りとくぜ)

 もし傍にいたら、勝手に使うんじゃねぇ、だなんて言うのかな。喚く彼の姿が目に見えるよう。

 だが、あくまで借りるだけさ。そのうち、あんたに返す。

「しこうひん……? 変なの。それより──コホンッ、コホッ! なにそれっ、口から煙なんか吐いて、ちょっとやめてよね?!」

 大袈裟に手をひらひらさせて顔を背ける少女を見て、俺は笑った。

「そう邪険にしなさんな。おまえさんにも一本、どうだ?」

 煙草を口に咥えたまま息を吐き、箱を差し出す。

「いらないからッ! もうっ、ドラゴンと出会った時の話、してくれるんじゃないの?!」

「だから一服が終わるまで待てって」

 ニヤニヤと口元に笑みを浮かべていると、

「うぅ〜ん、騒々しいなぁ」

 テントから聞こえる草を踏む足音。

「あっ、ごめんね。起こしちゃった?」

「ジギーさんと二人で、なにしてるの?」

 寝ぼけ眼の少年。姉弟で十六歳と十三歳だったか。

 こっちは気の強い姉と違って、物静かな少年だ。しかし、この歳で冒険者になるとは、俺よりも早いじゃないか。

 きっと自分も彼らからは、こんな風に見られていたのかもしれない。頼りなげで手のかかる、なにかとかまってやりたくなるような後輩。

 まだガキだと思っていた俺が、いつの間にか教えを請う立場ではなく、ふと振り向けば後をついてくる姿がある。最初のうちはどこか照れくさいような、本当に自分が導いてやれるのだろうかという困惑が付きまとうけれど、気が付けばそれが自然になる。

 今度は自分が背中を見せる番なのだ。

 バルバドやエルエスやスキップが俺にしてくれたように、若い世代を導く時期に今の自分も差し掛かっている。

 彼らから受け継いだものを次の世代へと渡す。寄せる波がそれを更に追い越していく。そうやって人間は成長していくのだから。

 いつまでも立ち止まってはいられない。いや、立ち止まる必要だってない。

(あと三年)

 仲間を助けられなかった事を悔い、ひたすら剣の腕を磨いた年月だって無駄じゃない。

 助けてもらいっぱなしだった俺が、今度こそ彼らを救う。その為の礎となる時間だったんだ。

「あのね、ジギーに昔の話をしてもらおうと……あっ! それ終わったんだよね?! また一服、なんて言わないよね?!」

「あーあー、うるっせぇなぁ」

 まったくキャンキャンよく騒ぐ娘だ。仕方なし、指先でつまんだ煙草をぐいっと地面に押し付けた時、

「へぇ、ボクも聞きたいな」

 横に腰を下ろそうとする少年へ「シッ!」、向けた手の平と口元に当てた人差し指で制する。

「大声出すんじゃねぇぞ?」

 気配を感じて、押し黙る二人を制止したまま、辺りを見渡す。

「なっ、なに?」

「リベンジャーヘッドだな。どうやら群れを成してのご訪問じゃぁないらしい……が、二匹だけでも、取り逃すと後が面倒だぜ」

 藍に沈む雑木林の内に、黒ずんだ狼のような影が見える。

(人の気配につられてやってきたか?)

 一見して野生の狼。だが、眼が頭と胴体に二つずつあり、その実態は胴体と異なる種類のモンスターが頭の部分に寄生しているという、変わったモンスターだ。

 首を刎ねたと思って油断していると、実は無傷だった二体のモンスターに不意をつかれて大火傷してしまう事もある。さらに、どちらか片方だけでも逃がしてしまうと、今度は大群を連れての復讐にやってくるという面倒な連中だ。

 どこから連れてくるのかは、土中に巣があるとも元々群れで移動するのだとも言われているが、現段階では解き明かされてはいない。だが、一匹でも討ち洩らせば、こちらが倒れるまでしつこく襲撃を繰り返すリベンジャーヘッドは、旅をする者にとっては厄介な事この上ない。

「やつは攻撃力こそそれほどじゃねぇが、獣特有の素早い動きと、心臓の位置が個体によって違う場所にあったりする事で、なかなか面倒な相手だ」

「じゃ、じゃあ、どうするの?」

「まずは祝福の魔法を頼むぜ。運よく一発で仕留められるように、よ」

 視線は四つ目狼からはずさず、短く指示する。

「わ、わかった、ジギーさん」

「あたしは……?」

 剣の柄に右手を伸ばす。

「十分に引き付けて俺が足止めする。合図をしたら、おまえさんの得意な魔法をぶっ放してやんな。そうだな……炎の魔法がいい」

「わかった。まかせて」

 強張った表情を横目で見ると、自然に口元が緩む。

「祝福の魔法を使った後は、俺の後ろについてこい。やつらがひるんだら、そのメイスを叩き込んでやれ。力一杯にな」

「う、うん」

 俺も昔はこんな感じだったんだろうか。

 今の自分にとっては大した相手ではない。けれど、若い冒険者たちにしてみれば、対峙するだけでも決死の覚悟が必要なのだ。

 そこが危なっかしくもあり、見守るのが楽しみでもある。

(あんたたちに早く逢わせてやりたいもんだ)

 できれば三年と言わずに今すぐにでも。

(それは後のお楽しみって事なのかもな)

 そう。

 バルバドら三人が呪いによって石像と化してから、七年。

 彼らは言っていた、次にあの忌まわしい記憶の蘇る塔に挑戦できるのは、おそらく十年後だろうと。

 街に一人戻った俺は、仲間を失ったショックから、しばらく自暴自棄になっていた。

 だが、思い出したのだ。俺が再び塔へと舞い戻って、彼らの石化を解けばいいのだと。

 その為に必要な力を得る為に、剣の腕を磨きながらも各地を放浪した数年間。決して十分ではないにしろ、塔に関する情報も手に入れる事ができた。

 石化を解く鍵は未だ見つけられてはいないが、あと三年の内に必ず見つける。

 塔の主であろう者は、こう言っていた。

 彼らの魂を『預かる』と。

 それは三人の命の灯が消えた訳ではないという事だ。ならば、貸したものは返してもらおうではないか。

 返したくないと駄々をこねられても、そんな事は俺の知ったこっちゃない。絶対にバルバドもエルエスもスキップも、元通りの姿にして帰させてもらう。

 それが約束なのだ。

 俺が最期の瞬間のエルエスと交わした約束、彼女の願いなのだから。

(キミの事を忘れた事なんて、一度だって無い)

 その時が来たら、ここにいる二人のヒヨッコ冒険者たちを連れて行くことは出来ないだろうが、きっと分かってくれるのではないだろうか。

「魔法かけたよ、ジギーさん」

 キラキラとした光の粉が俺たちを包む。

「あっ! 今ので気付かれたんじゃない?! 来るわよ?!」

 薄闇に動く二つの影。

 それを確認して、俺は腰のロングソードを引き抜く。

「よぉし……んじゃ、手はず通りに行くぜ!」

「ええっ!」

「はい!」

 叫んで、俺は草むらに飛び出した!

 まずは手前にいるやつを蹴散らしてやる。今の俺の剣技と、バルバドから預かったこの剣があれば、それが出来る。強い意志があれば、成せない事なんて一つだって無いんだ。

 だから……彼らを救い出す事が、出来る。

 あと三年で彼らに再会できる。

 その時には成長した俺を見て、目を丸くするかもしれないが、それも楽しみというもんだ!

(待ってろよ、エルエス! すぐに逢いに行くからな!)

 誓いを胸に、俺は駆けた。

 それはまさに今、正面から昇ろうとする朝日。黄金色の未来へとだ。

 七年経っても俺は魔法を使えるようにはならなかった。彼女の言った魔法戦士にはなれなかった。けれど、俺は呪文を唱えなくても未来を生み出せる力が、自分に備わっているのだと気付いたのだ。

 時に何の役にも立たない、モンスターの一匹すら撃退することすらできない魔法。

 旅の道中では仲間の足を引っ張り、「自分はお荷物ではないのだろうか」と自責の念に苛まされてしまうことだってあった。それでも仲間の温かさ、優しさに触れ、少しずつ自信をつけてこれたあの頃の俺。

 気付かせてくれたのは、最高の仲間たちだった。あの素晴らしい時間を胸に抱いて、俺はこれからも戦い続けるんだ!

 エルエス、バルバド、スキップ──呪文はこの三人の大切な仲間たちの名前。


 いつだって、希望という魔法は俺の心にある。





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