六、彼女の言葉(5)
「ともあれ、罠はずしの第一人者が腕を奮って調べてくれるようだぞ。俺たちは黙って見ていようじゃないか」
冗談混じりの口調でバルバドが視線を促す。
黄金色の宝箱があった。
なるほど、あれなら持ち帰ることも可能だし(きっとバルバドに担がせる気なのだろう)、中身が何であろうと箱だけはスキップの望み通りに金目の物だ。
(あれでただの金メッキだったら笑っちゃうけど)
でも、ここまで来て、それはないんじゃないかな、などとも思う。
「彼に任せましょうか」
エルエスもバルバドに同意見のようだ。
もちろん俺も賛成で、それならと傍観を決め込もうかと思ったのだけれど、
「エルエス! 魔力を探ってみてくれや」
「あら? あたしだけは、そうもいかないみたい」
意外に早いお呼びがかかり、クスクスと笑いながらエルエスはスキップの元へと向かった。
「そういえばエルエス、まだ魔法が使えたんだ?」
「うん?」
バルバドと二人残されて、ふと俺は疑問に思っていたことを彼に尋ねる。
「だってほら、もう魔力がないと思っていたのに、スキップのダガーに魔法をかけていたじゃないか。てっきり魔法は使えないものだと思ってたんだけどさ」
そう。
黒龍を拘束する魔法が解けたばかりの時、彼女は自身が得意とする最大級の電撃魔法を放とうとしたんだけど、残り魔力が足りずに魔法が発動しなかったんだ。
そこで俺は、もう彼女の魔法をアテにすることはできないんだと思い、バルバドが黒龍に押し潰されそうになった時は、万事休すかと観念したけど、
「動きを止める魔法を使ったときのことか」
「そうそう」
事前にバルバドの危険を予期していたかのように、彼女はダガーに魔法をかけて、彼の窮地を救ったんだ。おかげで俺は黒龍にトドメをさすことができた。
「フッ、それはそうだ。あいつがサンダーブラストを使えなかったのは、あれは魔力の消費が激しい魔法だったからな。程度の低い魔法ならば使えるくらいの魔力は温存していたんだろう。それに今なら多少魔力も回復しているはずだ」
「そうだったのかぁ」
それで、数秒しか効果が持続しない代わりに、アウフ・ドラゴロスの巨体さえ動きを止めることのできる魔法を使えたんだ。
「魔法って奥が深いんだなぁ」
疑問が解消されて、俺は深々と感嘆の息を洩らす。
「ジギーは冒険者になって間もないからな。経験を重ねていくうちにもっと多くのことがわかるようになる。焦らずじっくりいくことだ」
うん、ありがとう。
彼の言いたいことはわかる。
きっと今の俺は、剣の腕の未熟さもさることながら、まだまだバルバドら冒険者の先輩たちにあるものが足りていないんだ。
それは気持ちの問題であったり、圧倒的な経験の差であったり。
もちろんその差を一朝一夕で埋めることなんてできない。言うならば、空白の目立つ世界地図のようなもの。
自分だけの地図を作り上げるには、自分の足で歩いて、自分で何かを発見して、自分の力で道を書き足していかなきゃ、完成させることなんて出来ない。
冒険を繰り返し、試行錯誤を繰り返しながら、少しずつ古くなっていく地図を見てみると、はたと今まで気付かなかった事柄に思い当たることがあるだろう。
道と道とが繋がって街ができる。
そこにはこれまで見えなかった新しい風景が広がっているかもしれない。それが視野が広がるっていうこと、ひいては成長するってことなんだ。
黙って頷く俺に、バルバドが満足げに笑みを浮かべた、かどうかは定かじゃないけど、きっと唇の端を上げるくらいの表情にはなっていたんじゃないかな?
隣にいる頼もしいファイターからは、そんな気配が伝わってきたのを、後になっても覚えている。