六、彼女の言葉(3)
(意外と回復が早い。スキップって結構タフなんだなぁ)
あの裏拳をまともに受けて、もう立ち上がることのできる彼に感心する。
「大方、あの女に貢ぐために金が必要なんだろうが?」
なにげなく言ったバルバドの言葉に、ギクッ、と肩を動かすスキップ。
「な、なんのことだよ」
顔がこわばっている。
(へぇ? スキップにもいいひとがいるんだ?)
いつもは俺の恋路になにかとチャチャを入れてくる彼。これはいいこと聞いたぞぉ?!
「確かマーシャとかいったか。レンジャーの女にいれこんでいるそうだな」
「だッ……ちょっと待て! どこからそれ聞いた?!」
身を乗り出すスキップ。悠然と構えるバルバド。
「俺もなかなか事情通でな。ふふん、どうやら図星か」
ああ、そうか。
バルバドはレベルも高いことから、戦士ギルドでもなかなか顔が利くんだ。
レンジャーといえば戦士ギルドと盗賊ギルドの中間に位置するような職業だから、自然と彼の耳にも噂が入ってくるのかも。
スキップもバルバドやエルエスとはまた違った意味での有名人。バルバドのギルド内の地位からしてみれば、彼の情報を仕入れるのも難しくはないんだろう。
ちなみにスキップがどういう理由で有名かっていうと、まぁ……結構な女好きってことでなんだけどさ。
「ち、ちげーよ。ほ、ほら、あいつって弓の扱いがうめーからよ、ちっとばかし指南してもらったりって、そんだけだっつーの! べ、別に相手になんかしねーって、あんな寸胴女! っつーか、そろそろ行こうぜ! こんなとこで余裕かましていられるほど俺ら暇じゃねーんだからよッ」
一気にまくしたてて即座に身をひるがえすスキップ。すぐに俺とエルエスを抜き去り、扉の前に立つ。
「寸胴なんて、その子がかわいそう」
「ふっ、マーシャは俺から見ても器量良しの女だぞ。スキップのやつ、思っていた以上に惚れていると見える」
背中を向けて見えないけど、スキップの顔は真っ赤なんじゃないかな?
「だが、実のところはあまり相手にされていないようだがな」
ニヤリ、スキップの十八番である笑みを浮かべてバルバドが笑った。
「とっとと来いよ! ……なに笑ってんだよジギー」
「いや、っぷぷ。なんでもないよ」
ふてくされた表情の彼に、口元を押さえながら返す。
これはいいネタを仕入れた。今度から俺の恋路に口を挟んできたら、この話題を出してやれ。
スキップの弱みを握って俺は気分良く、扉に向かう三人と並ぶ。
「それで、何かわかったのか?」
開口一番、バルバドが質問した。
「いいえ。ただ、魔力は消え去ったようだから、もう何もないとは思うけれど」
「ふうむ」
彼は腕を組んで唸る。
「罠がねーってのは、さっき調べた通りだぜ。もちろん、シーフの技術ではずせる罠はって意味だけどな」
横から口を挟んだのはスキップ。
「なら押してみるか」
バルバドが扉に腕を伸ばす。
取っ手もなにもないんだから、引くことはできない。だから、彼の取った行動は妥当だと思う。
ギギギギ……。
「おほっ、開いたぜ! ビクともしなかった扉がよぉ!」
重い石を引きずるような音で、外に開かれていく扉。
「やっぱり階段かぁ」
「んだな」
当然のように現れたのは、塔自体の丸みに沿って螺旋を描いた階段。
一段ずつ登っていけば上のフロアに続いているのは、今までと一緒だ。
「だけど長いわね」
「それはそうだろう。この広間自体が三フロア分くらいはあるからな」
念を入れて段差のある付近から目を通して上がっていくスキップを眺めながら、俺たち三人は階段の行き着く先を想像していた。
(と、そうだ!)
そう言えば忘れていた!
「バルバド、これ。ありがとう」
預かっていた剣を差し出す。
俺の持っていたブロードソードはというと、アウフ・ドラゴロスの巨躯から立ち上がる灼熱によって溶かされてしまったのか、黒龍の消えた跡には鉄屑一片すら消えて無くなっていたんだ。
ブロードソードと対になっていた鞘とロングソードの刃渡りとでは、長さに違いがあるものの、大は小を兼ねるというかスッポリと収まってしまったので、そうしたまま今の今まですっかり忘れていた。
「凄い斬れ味の剣だね。こんないい剣だったなんて、気付かなかったよ」
先に階段を登るバルバドの横から、ロングソードを渡そうとした。
「うわっぷ」
「ちょ、ちょっと?!」
すると彼は急に立ち止まるではないか!
ここって、階段。登っている途中だって、わかってんの?!
俺は振り返って見下ろすバルバドの胸板から上を見上げる。エルエスのおでこが俺の背中にコツンと当たった。
「い、痛いじゃない……」
「ご、ごめん」
目に涙を浮かべる彼女にすかさず謝る俺。
もちろん俺は鎧を身につけているもんだから、エルエスは自分の顔の周りでくるくる回る星たちが見えたんじゃないだろうか。
「そうか……。それなら、その剣はおまえが使うといい」
「えっ? それじゃぁバルバド」
予想外の彼の言葉に、俺は面喰らってしまった。
だって、ドラゴンの角を一刀両断できてしまうほどの剣だ。なかなか名の通った業物なんじゃないのか?
それに彼の装備しているウォーハンマーだって、今回の激戦でボロボロ。街に帰るまでだって出現するモンスターの相手をしなくちゃいけないってのに。
「宿に戻るまでなら、これで十分。いい加減に武器を新調したいと思っていた矢先だ、気にするな。今度はバスタードソードの二刀流にでもするか」
軽く言って、バルバドはぐんぐん階段を上がっていった。
バスタードソードって……両手用の長剣だぞ。それを二本同時に扱うって、わかっちゃいるけどどれだけ怪力なんだ。一本だけでも結構な重量だろうに。
「本当にいいのかな?」
取り残された俺は、手の内に残る剣を見つめて呟く。
「その剣、バルバドがいつも丹念に磨いていた剣よね。きっと大事な剣だったと思うのだけれど」
後ろから覗き込んだエルエスが言った。
「そうなんだ? じゃあ、やっぱり後で返そう。新しい剣を用意するまでってことでさ」
「それがいいかもしれないわね」
バルバドが俺に剣を譲ろうとした意図はわからないけど、きっとそれがいい。
彼にしてみたら、俺がいい剣だと褒めたからだろうが、そんなに大事なものなんだったら、俺なんかが貰ってしまうのは悪い気がする。
厚意を無にするようだけど、これを境にしてズルズルと甘えてしまう自分になっちゃうのも嫌だ。ちゃんと気持ちを伝えて返そう。
「あら、光」
しばらく階段を登ってきたけど、罠らしい罠もなく。
エルエスの声で考え込んでいた頭を上げて、螺旋の先に待っていた眩さに目を細めた。
スキップとバルバドはすでに光の内に消えた。
「よし、行こうか」
「ええ」
一段一段、しっかりと靴で階段を踏みしめ、俺たちは光を目指す。