五、呪文と消えゆく闇(5)
断固たる決意。
そして、塔全体を揺るがす咆哮、充満する熱気。
燃え盛る炎で天蓋付近の空間が歪む。
黒い太陽の照りは、ただ立っているだけで無差別に体力を奪っていく。
アウフ・ドラゴロス。
冥府に在る太陽の名にふさわしい姿へと変貌を遂げた黒い龍が、眼光を真紅に染め、悠然と舞い奇声を上げた。
「どうやって次の攻撃を凌いで、攻撃のチャンスに繋げるか……だが」
ゴクリ、唾の飲み込む音が巨漢から聞こえた。
「こうも暑くっちゃ、思考もままならねーよ」
大粒の汗がポタリと床を濡らす。
「こんなドラゴンが塔の外にいたらと思うと、ゾッとしないわね」
エルエスが正直な感想を洩らす。
「いつまで、あそこに浮かんでいるつもりだ……?」
思わず俺はうなった。
長い、あまりにも長い。
潜在的な恐怖心は、いくら勇気を振り絞ってもぬぐいきれはしない。
それが強力無比な攻撃だと感じれば感じ取るほど、できるだけ先延ばしになってほしいと思ってしまうのが、人の心情というもの。
(だけど、このまま立っているだけじゃ埒が明かない。防御魔法だって、そろそろ解けてしまうかもしれないんだ)
まるで嵐の前の静けさ。
いや、火山が噴火する直前の胎動のようなものか。
(あれ? それってなんか)
どこか意識の片隅にひっかかるものを感じて、記憶を巡らせる。
そのひっかかりが、自分の前に声を発したエルエスの台詞、また、少し前に俺自身が途中まで考えていたこと。二つの情報が交差したことで、一つの仮説が俺の中で生まれるまでに、たいして時間は必要としなかった。
勢いよく顔を横に向ける。
(やっぱりそうだったんだ!)
なぜ俺たちは、次のアウフ・ドラゴロスの攻撃を、バルバドは無意識に「最後のあがき」などという言い方をしてしまったのか。
単に三対六枚ある黒龍の翼が順番に光を発していたからという理由だけではなかった。俺たちはとっくに攻略のヒントを得ていたんだ!
「やつが動くぞ!」
注意を促す声が飛ぶ。
俺以外の三人がサッと身構える。だけど、俺だけは白一色に描かれた壁画に、必死で視線を這わせる。
魔物が槍に貫かれている絵、冷気の中でうずくまる人々、猛威を奮う雷の龍。壁画が紡ぐストーリーを結末から逆行して順に目で追う。
(あの溶岩の絵だ! 人がたくさん倒れて死んでいる。でも生き残っている人間はいる)
だだっ広い荒野に行き場を失い立ち尽くす人々。四散して逃げていく人間たち。
逃げ惑う人間は、皆一様に溶岩に飲み込まれていく。
(その違いはなんだ?)
はたと閃くことが一つ。だけど確証はない。
それに、思い至った結論は、もしその通りにならなければ、ただの無謀だ。わざわざ自ら、どうぞ攻撃してくださいと言っているようなもの。
(それでも、ただ手をこまねいて黒龍の攻撃を待っているだけじゃ、どっちにしても──)
瞼を固くつむって、開く。
俺は叫んだ。
「みんな、中央に! このまま壁際にいたらダメだッ!」