五、呪文と消えゆく闇(2)
乾いた空気の広間内に、凛とした彼女の声が通る。
銀のワンドの先端、大半が彼女の手によって砕け散り、根元に僅かだけ残された水晶に、微量の明かりが生まれた。
エルエスが操る中で、最大の電撃魔法。
俺がパーティーに参加してからこなしてきた冒険の中で、しばしば見かけた彼女の得意魔法。
その威力の程はといえば、しぶとさが売りのモンスターに対して、最後の一撃として使うことが多かった、いわば決めの一手とも言うべき魔法だ。
無数に発生する雷の数に比例するように、消費する魔力も半端なものではないけど、アウフ・ドラゴロスの行動を縛っていた魔法が解けた今となっては、大ダメージを与えるチャンスはもう何度とない。
黒龍の巨体を考えると、内部に電撃を伝える為のブロードソードに目標を定めるのは、狙いとしては小さすぎる。やつが動き出してからでは難しいだろう。
エルエスの言葉通り、彼女の残りの魔力を考えても、おそらくこれが強力な魔法を叩き込む、最後の一発となるはず!
呪文の詠唱を終えると共に、術者の前に光の輪が現れ、そこから光線が伸びる。
光線は目に見えない鎖を千切らんばかりに暴れ狂う黒龍との架け橋になり、召喚された電撃の奔流が、アウフ・ドラゴロスを一気呵成に飲み込む──。
誰もが予想した光景は、しかし静寂によって現実のものとなる事はなかった。
「不発……か」
沈黙を破ったのは、バルバドの苦い声。ワンドの先に灯っていた光が消えていた。
まさかこのタイミングで!
やはり彼女の魔力はすでに限界に達していたんだ。
その場に膝から崩れ落ちるエルエス。
「二人とも集まれ! このままエルエスを攻撃されでもしたら、あいつには避ける体力すら残っておらん!」
もはや黒龍の自由を縛っておくこと叶わぬと見たバルバド。
もちろん彼女の様子を見れば、誰が放っておくことができるだろうか。俺は誰よりも早くエルエスの元へ駆け出していた。
「ちっくしょおおおお!」
せめて一矢報いるとばかりに、スキップが矢を連射する。
だが、連続で放たれた矢も、黒龍に届く前で、ボッ、と燃え尽きてしまった。
続けて何を考える間もなく、
「うおおおおっ?!」
「くっ!」
「キャッ……?!」
「ぬうぅ!」
熱波が俺たち四人を襲った。
背を向けて退く俺やスキップなどおかまいなし。身を焦がしてしまいそうな強風が、たたみかけるように何度も背中を押す。
ついに床へ二の足を留めていられず、俺たちは白塗りの壁際まで運ばれてしまった。
「ごめんね、みんな」
突風によって、予期せずして広間の端にて合流した俺たち三人に、苦しそうな表情のエルエスが俯く。
「バッカやろー。互いに助け合ってこそのパーティーだろが。頭なんて下げんじゃねーよ、欠けた魔法の分は俺らが埋めてやらぁ」
熱波が治まり、息をついたスキップ。
「そうだって! 大体、エルエスがいなくちゃ、ここまで来れなかったんだからさ。もちろん、バルバドだってスキップだって、さ」
一人ひとりが全力で互いの短所を補い合ってきたからこそ、俺たちは今ここにいるんだ。彼女を責めようとする者など、いるわけがない。
「もちろんジギーもな。ふふん、これでこそ冒険者になった甲斐があるというものではないか? どうやら、やっこさんも最後の足掻きをしてきたというわけだな。見た目ほどの強さではない、これならリザードラゴンの方が幾分かてごたえがあったわ」
豪胆に言い放つバルバド。
(だけどバルバド、虚勢を張っているのが見え見えだよ……)
不敵な笑みを浮かべてはいるけど、左腕の腫れが尋常じゃない。
ぶらりと下げているのは、さっきの一撃で動かなくなってしまったからじゃないのか?
「いいこと言うじゃねーか、旦那。やつも最後の一勝負に出ようって腹みてぇだぜ? 羽がボウボウ燃えてやがらぁ」
スキップの言葉を受けて、黒龍の背に視線を向ける。
三対六枚ある翼のうち、真ん中の二枚が赤い炎に包まれていた。
やがてその炎が、全ての翼へと燃え移り、アウフ・ドラゴロスの全身が灼熱の塊と化したとき、黒龍は旋風を巻き起こしながら、飛翔した。
「額にある水晶を破壊しよう」
思い切って俺は、考えていたことを口にした。