五、呪文と消えゆく闇(1)
今度も俺は気絶する。
受身すら取れずに頭から地面に激突すれば、さすがに無事でいられる保証はない。
間一髪、アウフ・ドラゴロスの眼に刺さった剣を取り戻すことに成功した俺は、すぐさまそれを構えて黒龍の爪を受け止めた。
しかし、この巨体から繰り出される攻撃だ、剣で防ぐだけの俺など、枯木にかろうじて残っていた木の葉も同じ。吹きつける突風に耐えられるわけもなく、憐れ枝から切り離され宙を舞う、その最後のひとひらとなったのだ。
床に激突する瞬間まで、俺は今までに経験したことがめまぐるしく脳裏に浮かんでは消えていき、また浮かぶ……要するに走馬灯のようによぎっていくものだと思った。
もしくは、受け入れ難い現実に意識を失う──。
だけど、そうはならなかった。
「しっかりしやがれ」
耳元で声が聞こえたときには、(ああ、それでか)と妙に納得してしまった。
死の間際に走馬灯が浮かぶでもなく、意識が闇に沈むでもない。
実際はそんなことなんてない。それってガセだったんだな。
彼の声を聞くまでは、そう思ってたけど、
「あぶなっかしいやつだよ、おめーはよ」
「スキップ……」
俺を救ったのは、言わずと知れた眼帯のシーフ、スキップだった。
俺は彼と二人で大の字になって、天蓋を見上げるように倒れていた。死ぬわけじゃなかったから、走馬灯なんて頭をよぎるわけなかったんだ。
「た、助かったよ。ありが」
「やつが本調子になる前に、やることがあらぁ。礼なら後だ」
彼は俺に「ちっと転がってろ」と強引に押しのけると、すぐにボウガンを上空に向ける。
あの時──。
俺の危機を察したスキップは、空飛ぶ目玉にボウガンの矢を射る手を止めて、走ってくれていたのだ。
(本当に……助けてもらいっぱなしだな、俺)
だけど、前までのような卑屈な感情はまるでない。
それどころか、彼らのようなパーティーの仲間に加われたことを誇りにさえ思う。
そのスキップが狙いすました矢を目玉のモンスター目掛けて発射する。俺は床に転がったままで、一連の流れるような彼の動作を見守った。
矢はしっかりと魔法で出来た輪の中心を通りすぎ、それに貫かれた目玉モンスターもろとも爆発の中に消える。
「てめーにも喰らわせてやらぁっ!」
続け様に彼はボウガンから矢を撃ち出した。
狙いは当然、黒龍ことアウフ・ドラゴロス。
しかし、地響き。
いや違う。黒龍の腹の底から響いてきたような唸り声が、飛んでいった矢を一瞬にして灰に化した。
陽炎のように、黒龍の体の周辺を通して見える景色がぼやける。
「ぐうぅ……。ハッ?! あれを見ろ!」
斜め後方からバルバドの起き上がる音と声。
ちらりと彼の方に目をやって、すぐにアウフ・ドラゴロスを見上げる。
「もしかすっと、あれがやつの弱点……か?」
勝機が見えたとばかりに唇の端を上げるスキップ。
パリ……パリパリ……。
アウフ・ドラゴロスの額が細かい音を立てていく。
「あの水晶を攻撃すれば倒せる、か」
卵の殻が砕けていくように鱗が剥がれ落ち、黒龍の額から姿を現したもの。
「最初っから、あれを壊しときゃー良かったのにな?」
ペッ、唾を吐き捨てスキップ。
そうなんだ。
黒い表皮を割いて、アウフ・ドラゴロスの額から現れたのは、俺たちが広間に足を踏み入れた時から、広間の中心で静かに浮いていた透明な水晶だったのだ。
「三人共、離れて! 最後に強力な魔法をお見舞いするわ!」
気力を振り絞ったようなエルエスの叫びに、俺とスキップ、バルバドは一斉にその場から跳び退った。
「──明極と暗極を司る光の精霊たちよ
千の槍を、百の矛を、二十六の剣を揃え、我らが仇敵を討つ力となれ!
チャージング・サンダーブラストッ!」