四、閃く攻防戦(9)
「はッ!」
ウォーハンマーの打撃によってへこんだ鱗に、斬撃を浴びせかける。
金切り音がして、半ばほどまで裂け目の入った黒い鱗が、いびつにひしゃげた格好で地面に落ちる。本当に鉄板のようだ。
(これがスキップの言ってたやつだな)
鱗がはずされた部分を見つめる。
磨き上げられた窓硝子のようなものが、そこにあった。
硝子はとても分厚く、バルバドから借りた剣の威力を以ってしても、ひっかき傷のような跡が僅かに残っているのみ。やはり斬ろうとして斬れるものではない。
覗き込んで分析していると、その硝子の表面がスッと黒色に染まった。
(ただ、一応ダメージは受けているみたいなんだよな)
そうなのだ。
これだけ硬い体を持っているのだから、俺たちの攻撃など大して意味のないようにも思えた。
だけど、攻撃を受ける度に、アウフ・ドラゴロスは何度も咆哮を上げては、怒りのこもった赤い眼を見開いて、俺たちを威嚇する。
魔法で造られたドラゴンの筈なのに、どうしてなかなか、よく本物を真似て造ってあるではないか。まぁ、俺は本物に遭遇したことはないけれども。
もちろん、俺たちの攻撃が効いているように見せかけているだけで、実は全くダメージを受けていないということも有り得る。できるだけ早くに弱点を探し当てたいところだ。
(それにはまず、あの空中をせわしなく動き回る、目玉のモンスターをなんとかしないと……)
とは思えど、俺の剣技も宙を漂う目玉には手が届かず、存分に剣を振るう事すら出来ない。それはバルバドとて同じ。
スキップのボウガンならば狙うことが可能だけれど、ただの矢ではどうやら歯が立たない相手らしい。
「なら、どうする?」
独白して、剣を退く。
ズドオオオンッ!
咄嗟に右へ転がる。落雷が床を焼いた。
迷いがあっては体の動きも鈍る。体力だって無駄に消費してしまう。
このまま手を打たなければ、ジリ貧になっていく一方だ。
焦りが背中を濡らす。鎧の裏が汗でベトつく。
「それだ! ジギーの言うように、スキップ! おまえが魔法の矢で目玉どもを撃ち落とせ!」
バルバドの一声。
(いやいや、ちょっと待てって!)
そんなことができるなら、初めから苦労なんてしてないはずだろぉ?!
「無茶言うなよ旦那ぁ! いくら俺でも魔法は使えねーよ」
予想通りのスキップの返答。
だけど、バルバドは彼には取り合わず、続けた。
「エルフの里で習得した魔法があったろう、エルエス! おい、エルエス。聞こえているか?!」
野太い声を張り上げて彼は叫ぶ。
「え……はい!」
虚ろな表情でエルエスが顔を上げる。
彼女もそろそろ限界だ。
俺が気を失っていた間にも、魔法を連発していたのだろう。立っていられるのも、気力を振り絞ってどうにか、といった感じ。
「エンシェントマジックといったか、あれをスキップにかけてやってくれ。頼む!」
振りかぶった大槌を黒龍に叩き込んで、バルバドが叫んだ。
「おいおい、顔色が悪いんじゃねーか、エルエス。無理はすんなよ……とはさすがに言えねーか。もうちょい気張ってくれや、後でメシでも何でも奢ってやっからよぉ」
苦笑を隠さずにスキップ。
よく見ると彼も電撃を避ける動作がぎこちない。
ひょっとして、脚をやられてしまったのか?
「そうよね……今は無理をしなくちゃいけない場面だものね。いいわ……魔力を使い果たしてしまうかもしれないけれど、スキップにこれを預けるわッ!」
彼女が銀のワンドを天高くかざす。
気力を取り戻した瞳。ふらつく体をもち直して呪文を唱え始める。
「エルエスの傍へ!」
掛け声と同時に、眼帯のシーフが彼女の元へと走る。
少し離れた背後に稲妻が落ちて、彼は衝撃で転びそうになるも、目的地へ到着した。
どうやら目玉たちは、黒龍本体を置いてまで攻撃範囲を延ばそうとはしないらしい。それ以上はスキップを追撃しようとはしなかった。
という事は、アウフ・ドラゴロスが己の身を守るために呼び出したという事なのだろう。無論、スキップが前線から退いた分の攻撃は、その場に残った俺やバルバドに集中する事になるのだが。
彼女たちの身の安全が保障されたような気がして、ホッと胸を撫で下ろした瞬間。
ワンドの先にあった宝玉が、音を立てて砕け散った。エルエスが地面にワンドを叩きつけたのだ!