四、閃く攻防戦(7)
栗毛はかまわず馬蹄で地を叩き続ける。
「こ、このおッ」
肩肘にいくら力を込めようが、太ももで馬体を締め付けようが、一向に大人しくなる気配すらない。
いよいよなって、俺は栗毛にしがみつくのも苦しくなってきた。
もうダメだ! 落ちる!
前後左右に揺さぶられた俺は、落馬を覚悟した。
『────』
ヒヒーンッ!
大きく嘶いて、栗毛が前足を両方とも地面から離す。
「うわぁッ?!」
途端に手綱を握る指先が緩む。ズルリと手綱から俺の指が滑った。
すぐに目の前で星が飛び散る。続けて暗転する視界。
気を失う直前に仰ぎ見た空、これは頭を打ったからじゃない。さっきまでの晴天が嘘のように、漆黒が埋め尽くす世界に変わっていた。
最後の瞬間、瞳に映ったもの──。
黒い太陽が白い光輪を身に纏っていた。
(倒さなきゃ、やつを倒さなきゃ!)
だけど……一体なにを?
(なぁ、さっき、なんて言ってた?)
俺を呼んでいた人。
もう一度だけ聴き取れた彼の呟き声は、また別の台詞だった。
だけど、それが思い出せない。馬の嘶きとは別に、はっきり聴いたはずなのに。
すごく大事なことを言われた気がするのに、どうしても浮かんでこない。
今すぐにでも思い出したかった。
でも、意識の端っこで巡らせた思考は、突如として飛び込んできた轟音にかき消された。
「ぬうぅっ」
真横で光が落ちて、破裂した。
(広い、背中?)
と、急に全身の力が抜けて、俺はそこからズリ落ちそうになる。
「バルバド?!」
必死で彼の肩にしがみつく。
ここは──そうだ、広間だ。俺たちは今、闇の太陽を象徴するような黒龍、アウフ・ドラゴロスと一戦交えている最中だったんだ!
「気が付いたか、ジギー」
温かみのある野太い声が、すぐそこでした。
「俺は、気絶していたのかい? 一体、どれくらい」
「ものの数十秒ほども経っとらん。思いの他、早く目覚めてくれて助かったぞ」
そう言う彼の首筋には、じっとりと汗が滲んでいる。
「バルバドの旦那ぁ! ジギーのやつ、起きたのかよ?! 早いとこあれをなんとかしなきゃ、さすがにやばいぜぇ!」
緊張感漂う、スキップの声。
「そっち『向いた』ぜ、旦那!」
その彼から鋭い指摘が飛ぶ。
言葉を受けてバルバドが顔を上げる。
直後、俺を背負ったままの彼が、後ろへ飛び退く!
ズゴオオオオンッ!
今いた場所に雷が落ちた。
「あんな風に動き回られたら、魔法を命中させるのも難しいわ!」
遠くからは困惑したエルエスの声。
「ともかく直撃だけはくらうなよ! 防御魔法があっても、この落雷を浴びればダメージは大きいぞ!」
スキップとエルエスに大声で指示を出すバルバド。
「わかってるけどよ!」
「それなら、どうすればいいの?!」
だが、さすがの彼も即答はできず。
(そうか。俺はさっき、この電撃をまともに浴びて……)
ようやく現状と、気を失う前の記憶が結びつく。
「ジギー、体は動くか?」
俺を気遣うバルバドの声。
「あ! ありがとう、バルバド。もう立てるさ、降ろしてくれるかな」
「無理はするなよ」
彼は立て続けに鳴り響く轟音をかき分けてステップを踏み、落雷が止んだ瞬間を見計らって、俺を降ろしてくれた。