四、閃く攻防戦(3)
エルエスがワンドを天高く突き上げる。
宙に浮いている巨体の片翼が、ガクンと下がった。
「グルゴアアアアアアッ!」
突然、狂ったように翼をばたつかせる黒龍。
もちろん、俺たちにはその理由がわかる。
アウフ・ドラゴロスの脚を、翼を、胴体を、首を。たくさんの手が地面へとぐいぐい引っ張っているようだった。
冥界の禁を犯してまで現世に侵攻しようとする邪悪なドラゴンを、冥府の亡者たちが連れ戻しに現れたみたいな光景だ。
ならば!
地に伏せた罪多き黒龍を、俺たちが断罪の剣を以って罰してやろうではないか。
アウフ・ドラゴロスは、地面に引きずり降ろそうとする力に抵抗して、しばらく空中でもがいていた。
上昇と下降。見えざる力と力の拮抗。
その拮抗が崩れる瞬間は、意外に早くに訪れた。
引く手に抗いきれず、それを吊っていた糸が切れたように、黒龍は空中に己の身を留められず──。
ズドオオオン!
轟音と立てて、広間の中央へと着床する。
(スキップは?! スキップは無事なのか?!)
眼帯のシーフの身を案じて、俺はアウフ・ドラゴロスの背中に目をやった。
なにしろエルエスの魔法の効果は絶大で、黒龍の降下する速度も並ではなかった。
着地の瞬間に怪我でもしてなければいいけど……。
「無事に生還したか。悪運の強いやつだ」
言葉だけを取れば皮肉に聞こえるけど、バルバドの声色には安堵が多分に含まれている。
「よかったぁ〜」
俺たちは胸を撫で下ろしながら、手を振りつつこちらへ駆けてくるスキップを待つ。
「もう、ひやひやさせるんだから!」
「わりー、わりー」
「無茶をするなと、いつも口を酸っぱくして言っとるだろうが!」
バルバドが拳固を振り上げる。
「だから、わりぃって」
スッと、それをかわしてスキップ。悪びれない態度は健在だ。
「でもよ、犯した危険に見合った報酬は受け取ってきたぜ」
「報酬だって?」
俺が彼の台詞を繰り返して尋ねると、スキップは「おうよ」と含みのある笑みを向ける。
「それより! 先に防御魔法をかけるわ。傍に集まって」
エルエスが言って、俺たちはそれに従う。
彼女は左手の親指にしていた指輪をはずすと、それを掲げた。
「プロテクション!」
パリィーン。
エルエスの持つ指輪が音を立てて砕けた。すると、ほんのり暖かい空気が全身を包み込んだ。
すごい!
彼女の指にはめてあるリングは、防御魔法の効果が秘められていたんだ。
動きを封じたとはいえ、やつには得体の知れない魔法がある。いきなり攻撃を受けても大丈夫なように、エルエスは先にプロテクションをかけたんだ。
「さっきの魔法もこの防御魔法も、あまり長くは持たないから。スキップ、話は短めにしてね」
「りょーかい!」
二人の会話を聞きながら、アウフ・ドラゴロスに目をやる。
それまでの態度と一転して、広間の中心でうつぶせになったまま、身じろぎもしない。彼女の魔法の効果が切れる瞬間でも待っているのか。
「こいつを見てくれ」
スキップが脇に抱えていたものを見せる。
「あ、それ。さっきから気になってたんだ。もしかしてそれって」
彼が持っているのは、黒くて薄い鉄板のようだ。ちょっとした盾くらいのサイズをしている。
「ああ、こいつはな。やつの鱗よ、ウ・ロ・コ」
やっぱり!
黒龍の首辺りに登った彼が、手に持つダガーでなにをしようとしていたのか。
あの小さなダガーで、まさか攻撃するつもりではないだろうとは思っていたけど、鱗を採取するつもりだったとは。
「そんなもの持ってきて、どうするつもりだ」
「鈍いなぁ、旦那。いいかい、俺はやつのこの鱗を剥いだ、その奥を見てきたぜ。どうなってんのか確認しときたくてな。だが、鱗を取っ払った裏には肌が見えると思ってたがぁ、あれはなんて説明すりゃいいのかな」
しばし腕を組んでスキップ。
「鱗を剥がしてまず、硝子みてぇな表面があってよ、少しだけ空洞があったな。その表面から少しして、スライムのときみてーな鉱石やら、カラクリの部品みてーなものやら。もう見たこともないもんがギッシリ詰まってたぜ」