四、閃く攻防戦(1)
「くそう。あんなのどうやって攻撃すりゃいいんだ?!」
焦りが苛立ちとなって口をつく。
高度は十メートル以上。翼を持たない人間の俺たちでは手の出しようがない場所で、黒龍が睨みをきかせていた。
地上からはスキップの姿は当然見えない。
三対の翼は羽ばたきを止め、心臓の拍動に揃えるように揺らめいている。
(本当に心臓があるのかどうかは疑問が残るけど)
そもそも生物であるのかすら怪しいぐらいだ。
あんな生物が自然に生息していたんじゃ、生態系を脅かしかねない。
それに、バルバドが過去に戦ったというリザードラゴンだって、単に弱肉強食の頂点に君臨している龍の眷属だというだけで、なにもドラゴンが無敵の生物だというわけではないんだ。
本能かどうかは知らないけれど、野生のドラゴンは意味のない殺戮なんてしない。
自分が生きるために必要な分だけ、獲物を捕らえるのだと聞いたことがある。そうでなければ、すぐに獲物に困ってしまい、ドラゴンは全て餓死してしまうだろう。
だけど、俺たちが対峙している黒龍は違う。
第一に、こんな塔の中に閉じ込められた普通の生き物が、食料もなしに時折訪れる冒険者をエサにするだけで、生き永らえているのはおかしい。
さらに言えば、黒龍が現れたのは、エルエスが奥の扉に手を触れたときだ。
扉にはエルエスさえ知りえない秘術のようなものがかけられていて、彼女の魔力に反応してアウフ・ドラゴロスが出現したのではないか。
だとすると問題は、黒龍が全くの無から造り出された生命を持たないゴーレムのような存在、つまり魔法生物であるか、それともその容姿が物語る通り、冥界から召喚された邪悪なドラゴンなのか、だ。
前者と後者では、これからの戦い方が大幅に変わらざるを得ない。
命を持つドラゴンならば、心臓を狙うなど生物なりの攻略法があるけど、造られた存在ならあの無限通路のときのように、魔法の媒体を探し出すことが必須となるはずだ。
「……ん? なに?」
上空を見据えて思考を巡らせていた俺は、エルエスの視線に気付いて、見上げていた首を普段の角度に戻した。
「ううん。ただ、なんとなく今のジギーの話し方って、スキップみたいだなぁって」
「はぁッ?」
なんのこっちゃ! そんな感想言ってる暇はないだろ?!
こうしている間にも、スキップが黒龍から落っこちてしまうかもしれないって時に!
なんて焦っているのは俺だけで、アウフ・ドラゴロスが天蓋付近まで舞い上がってから、実はほんの数秒も経っていなかった。
よく、衝撃的な出来事があると、周りがスローになって見えるっていうけど、それと同じで俺の頭の中だけが、異常に回転を早めていただけだったんだ。
「日に日にスキップの言動に影響を受けているな。良くない傾向だ」
バルバドは、フッ、と口元に笑みを浮かべると、すぐに表情をひきしめる。
「とにかく! スキップのやつを助け出さんことには、エルエスの攻撃魔法も迂闊に手が出せん! どうにかしてあの忌々しいドラゴンを地べたに這い蹲らせる魔法はないか?」
彼の言う通りだ。
あの黒龍を倒す方法云々言う前に、まずは俺たちの土俵に来させないことには、手の打ちようもあったもんじゃない。
なにしろ俺とバルバドの武器は、接近戦でしか役に立たない代物だ。
「ないことも、ないけれど。通じるかどうかは自信がないわ」
「かまわん。試せるものならなんでも試さんことには、死んでも死にきれんだろう?」
「そう……そうね。失敗したら、ごめんね」
踏ん切りがついたのか、エルエスがワンドを正面に構える──。
しかし、それは突然の出来事だった。
再びアウフ・ドラゴロスを視界に捉えようとして上を向いた瞬間。
三対ある翼の、一番手前の二枚が、微かに青みを帯びた。
途端に、俺は肌寒さを感じて身震いした。
「ゆ、雪?!」
ふわりと舞い落ちてくる白い粉。手の平を差し出すと、触れてすぐにかき消える。
ピキピキピキッ!
あまりに唐突で、わずかに思考が停止した。
(槍なのか? いや違う、つららだ!)
黒龍のやや下方、決して自然にはできることのない作為的な氷の槍が、見渡す限り一面にその数を連ねていた。
時を置かずして、投下される氷槍。