三、魔獣の咆哮(12)
どうにも冷静さを取り戻せそうにないまま、呆然と立ち尽くしていると、
(──えっ?!)
アウフ・ドラゴロスの首の上の辺り、よっこらせっと、龍のたてがみに手をかける、よく見知った姿が……。
『スキップ?!』
バルバド、エルエス、俺、三人が同時に声を特大にして叫んだ!
そこにいたのは、もちろん眼帯のシーフ、スキップ。
ハッと顔を上げた彼は、俺たちに気付いたようで、自分の顔の前に指を一本だけ押し当てる。
(しぃ〜……って! なにやってんだ、あんた?!)
「ちょっ、ちょっと、スキップったら! 早く戻ってきてっ」
できるだけ声に出さないよう、唇の動きで意図を伝えようとするエルエス。
スキップが上に乗っている状態で、アウフ・ドラゴロスに動き出されては、彼の身の安全は保障できないからだ。
しかし、スキップには降りようとする気配すらない。それどころか、ボウガンから持ち替えたダガーを右手に光らせる。
「貴重な防御魔法をスキップ抜きで使うわけにはいかん。いつでも飛び出せるよう、覚悟しておけ、ジギー」
バルバドが声を潜めて言った。
もちろん彼に言われなくても、そのつもりだ。いざとなれば、玉砕すら覚悟でスキップの援護に出る!
俺はいつにも増して、きつく剣を握り締めた。
と、アウフ・ドラゴロスのたてがみに掴まっている彼が、慎重な手つきでその首すじに、ダガーの切っ先を触れさせた。
その途端──。
「ビデュラグロガラゴルロロロオオオオオオオオオオオオオオッッッ!」
ビクンッ、全身を震わせて、黒龍が咆哮を上げた!
白い光を発していた瞳は、その怒りを表してか真紅に染まっていた。
アウフ・ドラゴロスは、床に伏していた頭を天蓋へ向かって突き上げては、狂ったように叫び続ける。
そうなると、たまったものではないのが、そのたてがみにしがみつくスキップ。振り落とされてたまるものかと、必死の形相だ。
「マズイ! いくぞジギー!」
エルエスに「援護を頼む!」、言い置きバルバドが、ウォーハンマーを斜に構え走り出す。
このままスキップがアウフ・ドラゴロスに振り落とされてしまえば、彼は無事では済まない。
地面に叩き付けられて、打撲や骨折程度で済めばまだいいほうで、暴れ狂う黒龍に踏み潰されてしまったら、一巻の終わりだ。
ここはどうにかして、やつの注意を下に引く必要がある。
俺は先を往くバルバドに遅れを取らじと、全力で走った。
「むぅぅゥゥゥウンッ!」
いち早く黒龍のもとへ到着したバルバドが、怪力みなぎらせて大槌を振った。
しかし──。
上を向いて咆えていたアウフ・ドラゴロスは、六枚の翼をバッサバッサとはためかせ──。
虚しく、バルバドのウォーハンマーは、何もない空間を空振っただけ。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」
スキップの悲鳴が、あっという間に遠ざかる。
今ここで暴れていたはずの黒龍が、すでに上空から俺たちを見下ろしていた。