三、魔獣の咆哮(11)
大地を揺るがす衝撃。
あまりの揺れに、俺たちは宙に浮いた。
あれだけの質量ある巨体に激突されたのだから、ひょっとしたら壁をぶち破って外に飛び出すんじゃないか。
今にも外界に落ちてしまいそうなアウフ・ドラゴロスの塔内に残った下半身、その上から降ってくる瓦礫の山に、びゅうびゅうと吹き込んでくる外の風。
そんな光景を俺は想像したのだけど、驚くことに一面が白一色の壁には、ヒビが入るどころか傷一つありはしなかった。
ただそこには、じっとうずくまったまま微動だにしない黒龍の姿があった。
「クッ、どうやらこの塔自体も特殊な性質の壁で形成されているらしいな」
呼吸を整えつつ、バルバド。
できればそのまま塔の外に落ちてくれれば良かった、なんて俺たちが思ってしまうのは言うまでもない。
「さすがにドラゴンを相手にしたことは、低級のリザードラゴン程度しか経験にないぞ」
リザードラゴン。
その名が示す通り、トカゲを巨大化したようなモンスターだ。
低級といっても、龍の名を冠しているだけあって、並の冒険者ではそうそう手に負える相手ではない。熟練の冒険者が何人かで束になって、ようやく討ち取れるくらいなんだ。
「でも、どうにかして倒すしかないわ」
エルエスの覚悟のこもった言葉を受けて、俺とバルバドは無言で頷く。
「なんでかわからないけど、今ならやつは止まってる。チャンスじゃないか?」
登場したてでまだ本調子じゃないのか、それとも、もともと動きの鈍いやつなのか。
どちらにせよ、叩くなら今が好機!
「よし。ではジギー、狙うなら鱗のないところをできるだけ狙え。やつらの鱗は鋼鉄ほどの硬さがある。隙さえあれば、目を攻撃するのが効果的だ。だが、無理はするな。顔付近は、下手に近寄ると反撃を喰らって危険だ。腹に近いところならば、皮膚の硬度も多少は薄れるはずだから、基本はそっちを攻撃するんだ」
よしきた!
リーダーの的確な指示を受けて、みるみる勇気がみなぎる。
もちろん、相手は普通のドラゴンではないわけで、ましてドラゴンとは初対面の俺としては、本当にそうやって倒せるのか? といった懸念がないわけではない。だけど、
(ここでやらなくて、どこでやるっていうんだ!)
誰だって未知なる強敵に立ち向かうのは恐ろしい。
その相手が地上最強と謳われるドラゴンなら、尚更のこと。
それでも俺がバルバドやエルエス、スキップたち仲間のことを信じているのと同じように、彼らだって俺のことを信じてくれているんだ。
(今こそ、その期待に応えなくてどうする!)
目の前にいるドラゴンが、どんな悪の権化か闇の遣いかは知らないけど、俺たち人間の底力を見せてやる!
「ジギー、待って! みんな、ちょっと集まって頂戴!」
勇んで踏み出す足でたたらを踏んで、俺はエルエスの制止に、体ごと彼女へと向かった。
「防御の魔法をかけるわ」
静かに言い放つ彼女。
(……んん?)
そんなエルエスの前で待機しつつ、俺は首を傾げる。
そりゃぁ、そうだ。彼女が防御の魔法を扱うだなんて初耳。
ウィザードは敵を攻撃する魔法には長けているけど、そういった仲間たちを守るための魔法を習得しているウィザードなんて、聞いたことがない。
「あれを使うのか」
知った顔でバルバドが声を洩らす。
すると彼女は、
「死んでしまったら、元も子もないものね?」
一つウインクを返した。
そうして、エルエスが右手を動かした時、俺ははたと違和感を覚え、眉根を寄せた。
(なにか足りないものがあるような……)
そういえば、今の一連の会話のやり取りの中で、いつもの調子がしない気がしたのも確か。
ふっと、バルバドと目が合う。
彼の瞳にも同じような色合いが見て取れる。
同時に、サッと全身から血の気が引いていく感覚がした。
「えっ? うそ?!」
どうやらエルエスもそこに思い至ったらしい。
恐ろしい予感がして、俺たちは顔面蒼白になった。
ま、まさか、そんなことがあってたまるか!
急いでアウフ・ドラゴロスのいる場所、特にその巨体の下を、念入りに何度も何度も確認する。
いない……いないッ!
(じょ、冗談だろぉ?!)
そんなバカな!
身軽さには人一倍の自負を持っている彼が、いくら突然だったからって、さっきの攻撃を避けきれなかったなんて!
もしかして、何かに躓いてしまったのか? いや、この広間で躓きそうなものは一つもない。もしかして、また視覚系の魔法でもかけられている?!
それとも反撃を試みようとして……バカなっ、あの状況でそんな無謀なことをしでかすような男じゃない!
頭がパニックを起こしかけ、俺はそれを必死になだめる。