三、魔獣の咆哮(10)
四人揃って凝視していると、壁の白を映していた輪郭の内側が影のように黒く染まった。
水晶の輝きによって、その正体が炙りだされて壁面に形を成す。
まず目を引くのは、その頭部。古代モンスターなどの生態を記録した文献で目にするドラゴンのそれよりでかく、倍以上はある。
顎や額が大きくせり出していて、巨大な岩石を彷彿とさせた。
そして、背中には三対の翼があった。
さきほど引き合いに出したドラゴンはというと、その背中に生えている翼では、巨体との釣り合いが取れていなく、翼を使ってというよりも別の超常的な力で空を飛ぶというのが有力な説だ。
双翼は大空を翔るものというより、雷を操る為のものといっていい。
果たしてそれが、今まさに出現せんとする存在に当てはまるものか。
「まるで……セラフ・ドラゴロスだな」
バルバドが、神の忠実なしもべといわれる龍の名を口にした。
世界の始まりに天と地とを分けたという、神都に言い伝えられている唯一神。
その神の手足となり、あらゆる害敵を排除したドラゴンの名前がセラフ・ドラゴロスだ。
三対六枚の翼を持ち、そのうちの二つは瞳を貫かんとする仇敵の雷矛から己を守り、さらに二つが死の病から身を守る。最後の二つで、殲滅の嵐を呼んだという。
セラフとは神の遣いたる天使の中で、最上級に位置する存在に冠される名。
まさにその六対の翼を持つ神の龍は、俺たちの眼上にて姿を明らかにしていくものにぴったりの呼び名ではないか。
──と、龍の姿をした影が動いた!
ずるりずるりと壁面上で体を引きずるようにして、天蓋の中心へと移動する。
「…………っ!」
俺たちは言葉にならない叫び声を上げた。
平面上にあった影が、突如として肉体を持って飛び出したのだ!
裂けるほどに大きく口を開けたドラゴンが、獲物に喰らいつくかのように、降下した先にあった浮かぶ水晶球を飲み込む!
またしても閃光が俺たちの視界を奪った。
今度瞼を開けたときには、いつも軽口を叩くお調子者の声が、今までになく疲れた口調でぼやいた。
「旦那ァ、俺はあいつをセラフだなんて思わねーぜ……。ありゃぁ神の使いなんかじゃねぇ、闇の化身に違いねぇぜ……」
姿形は壁面に映る影のままに相違なかった。
巨躯から生えた大きく前面にせり出した頭部、三対で羽ばたく翼。
その眼だけが、純白な光に満ちている、が──。
全身は漆黒の鱗に覆われて、闇を体現しているようだった。
「アウフ・ドラゴロス……か」
間違いを訂正するように、俺は冥界を照らす太陽の名を呟いた。
「確かにあれは、天の遣いなどではないな」
「なんて禍々しい存在なの……」
それ以上は誰も声を発しなかった。
闇は全ての恐怖の根源だ。見る者全てに畏怖を与える。
俺たちの住むこの大陸では、太陽が地平線に沈むと、次に訪れるまでは冥界へ向かっているのだと言われている。
冥界では光こそが闇であり、闇こそが光。
アウフとは冥界を照らす太陽の名前として、俺たち人間が生きている間には、決して拝むこと叶わない、黒い明かりを発していると伝えられているんだ。
扉に描かれていた太陽に似たシンボル。あれは、冥界の太陽を示していたのか。
そんな考えに思考を巡らせるのも、ここまでだった。
「ちょっ、ちょっと待て──」
「散れッ!」
まさか、いきなり来るかッ?!
もう少し雄叫びでも上げてて、俺たちが作戦を練る時間を作ってくれりゃ、いいのに。だなんて、余裕があるならスキップが言いそうだ。
岩山のような体躯が、周囲にある空気を食い破るようにして急降下した!
あんなのに直撃されたら一撃で圧死だ!
蜘蛛の子を散らすように、とはよく言ったもので、今の俺たちがまさにそれだった。