三、魔獣の咆哮(9)
地平線に落ちていくはずの流星群が、時を遡るように夜空へ戻っていく。そんな風に思ってしまうような現象が、俺たちの眼前で巻き起こった。
不規則に、いくつも光が交差しながら次々と天蓋を撃つ。
音は、しない。
不気味なほどに無音で、星たちが天空へと舞い戻っていく。
「何が起こっているのか……わからないけれど……危険、だわ」
エルエスに視線を移す。
指先が微かに震えていた。
「ち、ちくしょうッ! 入り口が閉まってやがる!」
叫び声に、俺たちが入ってきた扉へと顔を向ける。
「なるほど……逃がさん、というわけか」
一人落ち着いて、冷静に最悪の事態を告げるバルバド。
これは、かなりマズイ状況なんじゃないのか?!
俺たちは広間に閉じ込められ、逃げ場がなくなってしまった上、魔法の真髄を知り尽くしたようなエルエスさえ、未知の魔力を感じると言う。
戦慄が俺たち四人の間に走った。
「や、止んだ」
一切の音を立てなかった流星群が、何事もなかったようにぱたりと途絶える。
天井には何も変化はなし。
だからといって油断するつもりは毛頭ない。このままで終わりなはずがない。
「いつでも動けるように、体勢は崩すな!」
「わかってらぁ!」
「すぐにでも呪文を唱えられるようにしておくわ」
敵の正体がわかれば指示を出してくれ、バルバド!
そう叫ぼうとした。
だけど、それより前に、そのバルバドとエルエスとの間を裂くものがあった。
流星群よりもずっと太い光の柱が、宙に浮かぶ巨大な水晶を飲み込んだ。
チラッと扉に目をやると、そこに描かれていたはずの星や太陽に似た球体の絵が消えてなくなっていた。
次には、その場に立っているのも辛くなった。
耳も両手で塞ぎたくなる、腹の底まで響くような地鳴り音。
(塔全体が振動しているんだ!)
ギュッ、と袖を掴まれて隣を見る。
エルエスッ!
男の俺でも何かにしがみついていないと姿勢を保てそうにないほどの揺れ。女性なら尚更だろう。
足腰に力を入れて踏ん張る。
「お、治まった……?」
「すごい、揺れ」
ものの十数秒ほどの出来事だったろうけど、俺たちには何分にも相当するほどの長きに渡る地震のように思えた。
「み、見ろッ!」
スキップの声で、俺とエルエスは弾かれたように顔を上げた。
トクン、トクン。
生命が宿ったかのように、明滅を繰り返す水晶球がそこにあった。
(なにか……いる?!)
その水晶を挟んで反対側。
おぼろげな輪郭のようなものが、しかしはっきりとその存在を感じとれた。
「さっきのメチャクチャな数の光が飛んでいったとこ! なにかの形になってねぇか?!」
「ドラゴン──いや、別のなにかか?! 大きいぞ!」
俺たちは真っ白に塗りたくられた壁の上方、天蓋のすぐ下より広がっていくなにかから、目を離せないでいた。
ドラゴンと言えば、紛れもない地上最強最古の生物。
強靭な四肢、天空を駆る為の大きな双翼を持ち、全ての雷を操る支配者。
どんな槍よりも鋭い角を持ち、鉄をも噛み砕く牙。
ひとたび咆哮を放てば、地獄の業火が視界に入った何もかもを焼き尽くす。
そんな伝説を誇るドラゴンに、似て非なる姿形が次第に輪郭を濃くしていく。