三、魔獣の咆哮(7)
バルバドの台詞で、俺は渋面になった。
(それってつまり、どこに現れるかわからないってことなんだよな?)
そんなバカな、と思う。
こんな十階以上もありそうな巨大な塔が、消えてしまうっていうのか?!
真夜中、辺りの闇に包まれた塔が、蜃気楼のように霧の中へ消えゆく光景を思い浮かべながら、俺はバルバドに尋ねた。
「なんでそこまでわかっているのに、どうして誰にも謎を解き明かされてないって、思うんだい?」
俺の疑問も至極当然だろう。その割には、バルバドもスキップもエルエスも、この塔をよく知っているようだからだ。
それになぜ、俺たちは今回この塔に乗り込むことができたのかという疑問も残る。
「それは簡単よ。頂上まで辿りついて戻ってきた冒険者はいないもの」
巨漢の代わりにエルエスが答えた。
「俺らが塔の存在を知っているのも簡単な話でよ、実は塔に関する文献なんかは意外とたくさん残ってんのさ」
「だが、どの文献にも塔の出現する条件と、大まかな出現場所しか記されていなくてな。それもかなり曖昧な表現で記されているのだ。そういった理由もあって、俺たちが塔に挑戦できるのも、これが最初で最後かもしれんということだ」
なるほど。
「じゃあ、もし次また挑戦しようと思ったら?」
三人の話を順に聞いて、俺の興味はそこに移った。
おそらく俺たちが今いるのは最上階近い場所のはず。
できることなら全ての謎を解いて、悠々と帰還するのがベストだけれど、ここからとんでもないモンスターが現れる可能性だって、ないわけじゃないんだ。
万が一、不利な状況になって逃げなければならないとなったときに、次のチャンスがあるのかは気になるところ。
すると、三人は妙に神妙な顔つきになった。
「また挑戦できるかどうかはわからねーが、できるとすりゃ十年後だな」
スキップが三人を代表して言った。
「そうなると俺も冒険者を続けているとは限らんがな、バッハッハ!」
言って豪快に笑うバルバド。
(十年後かぁ……)
武器屋の主人に納まっているバルバドの姿が目に浮かんだ。彼の生家は武器屋だと話していたのを思い出す。
「そん頃にゃぁ、俺は盗賊ギルドの幹部にでもなってんぜ」
バルバドの隣で胸を反らしてスキップ。
確かに彼のシーフとしても技能は文句の言いようもない。それに輪をかけて話術に長け、彼なら立身出世も夢ではないだろう。
「え、えー? あたしは何も考えてないわ。冒険者を辞めるなんて考えたこともなかったもの……」
戸惑いがちに言うのはエルエスだ。
きっと彼女も魔術師ギルド内で高い地位についているのではないだろうか。
それだけの実力はあると俺は思ってる。
だけど──。
(彼女には穏やかな暮らしが似合ってる)
血気盛んな荒くれ者が多い冒険者稼業にあって、エルエスの優しい心、気遣いに今までどれだけ癒されたことか。
どういった経緯で冒険者になったのかは、まだ聞いたことはない。
でも、彼女の十年後は、暖かい家庭を築いているのではないか。
そんな風に、思う。
「おめーはどうなんだよ、ジギー?」
「お、俺かい?」
問われて真剣に考え込む。
俺だってまだそんなこと考えたこともない。
冒険者になったばかりで、右も左も見えていないのが現状。このまま冒険者を続けていくかどうかと聞かれれば、それは断言できない。
ただ、一つだけ言えることがある。
「俺は、そうだな。
俺は……バルバドを越えるファイターになるさ」
宣言してしまった!
そうさ、俺の当面目下の目標はバルバドに追いつき、追い越すこと。
こうやって口にしてしまったからには取り消すことなんてできない。
「ほほう。そいつは楽しみにしているぞ」
口元に笑みを湛えてバルバドが言った。
「そりゃーまた、一層厳しい旅路になんぜ。覚悟してろよ?」
脅すような口ぶりでスキップが俺の肩に手を置くと、エルエスはクスクスと笑っていた。
「さぁて……んじゃ、いっちょ扉を調べてくれやエルエス。魔法でもかかってんのか、それとも何か仕掛けでもあんのか、エルエスの知識が頼りだかんな」
「そうね。まかせて頂戴」
心機一転、話を終えた俺たちは、問題の扉へと身を正す。
だけど、すぐに彼女の表情が曇った。