三、魔獣の咆哮(5)
それまでの天にも昇るような晴れやかな気持ちはどこへやら、一瞬にして暗雲が脳裏をよぎっては、まとわりつく。
「じぎぃ……」
ゴクリッ、唾を飲み込む。
今度こそ心臓が破裂してしまいそうだ!
頼むッ!
誰でもいいから、今の取り消して!
い、いや……取り消してください! お願いします、神様!
とにかく誰でもいいから祈る!
神様! 精霊の皆様!
スキップ様、バルバドさまぁっ!
俺の願いが通じたのかはわからない。というか、スキップ様とかバルバド様とかは、いくらなんでも祈ってもしょうがないだろう、この場合……。
顔から血の気が引いていきそうな俺の耳に入ったのは、いつもと変わらない鈴の音のような彼女の声。
いや、それどころか……。
「ジギーったら……。
ふふ……うふふふ……。
いやぁね、ジギーったら! 恋人なんて、いるわけないじゃない! もうっ、あたしたち冒険者なのよ? そんなの作る余裕なんてないわよっ、もう! いやね、ふふふふっ」
ポカ〜ン。
「怒って、ないの?」
「怒る? どうして?」
なんなのかな。
なんだかわからないけど、エルエスは機嫌を悪くなんてしていなかった。
それどころか、とても可笑しそうにお腹を抱えているじゃないか?!
俺はそれから彼女と、一言二言なにかを話したけれど、残念ながら内容は覚えていない。
てっきり、そんなこと聞いてどうするの! とか、人の恋愛に口をはさまないで! とか言って怒鳴られるものかと思っていた。
いや、彼女はそんな娘じゃないよな。うん、俺の弱気な心が招いた幻覚だ。
(とりあえずは、よかったのかな?)
いまいち彼女が笑っている状況を飲み込めないけど。
とにかく怒っていないなら、それで問題ないのか?
(それはそれで問題ある気もする)
心の中の誰かがやけに落ち着いた声でつっこむ。これって多分、俺自身。
俺はかなり真剣に聞いたと思うんだけど、それがエルエスにはあまり伝わっていなかったようで。
(やっぱり弟のように思われているからなのかなぁ)
放心状態で呆けていると、遠くから声が聞こえた。
「おぉーい! そんくらいでいいかよ?! そろそろこっち来てくれや、エルエスに頼みたいことがあんだよ!」
「あら? スキップたちに置いていかれてしまったわね。さ、早く行きましょう?」
彼女の声で我に返って、眼帯のシーフを見る。
(まったく、人の恋路を観察して楽しんでるんだからなぁ)
物好きにも程があるってもの。
歩き出すエルエスの背中を追いかけた俺は、スキップがわざと俺たち二人を置き去りにしたのがわかった。
なにしろ、遠目でもはっきりとわかるくらい、彼の顔には例のニヤニヤ笑いがあったんだからさ!
いつかあんたに好きな人ができたら、思いっきりからかってやるんだからな。今に見てろよ。
と、心に誓ったりする。
(でも……エルエスと話せて良かった)
ちょびっとだけスキップの気遣いに感謝しつつ、俺は大きく腕を振って彼らの元へと急いだ。