三、魔獣の咆哮(4)
聞くぞ、聞くぞぉーあのことを!
意を決して、俺はエルエスの真正面に向かう。
「あ、あー……あのさ。えっと、俺のこと何か言ってたんだって? そう! スキップから聞いてさっ」
一瞬、彼女は何のことなのかわからないようで、目をパチクリする。
だああああああッ!
違う!
いや、これも聞きたかったけど。彼女が俺のことをどうして褒めてたのかってことも聞きたかったけど、違うんだって!
そうじゃない、そうじゃないんだけど……。
なんであんな簡単なことが聞けないんだぁ〜〜〜?!
心の中で自分のいくじなさに喚き叫ぶも、それが彼女に通じるわけはなく。
彼女は、はたと思い当たる節があったようで、胸の前でポンと両手を打つ。
「うふふ、ジギーってすごいなぁって思って」
「はへ?」
きっと今日一番の間抜け声!(と、顔!)
は、恥ずかしいっ!
エルエスの前だってのに、なんでこんな声が出るんだぁ?!
できることなら、今すぐここに穴を掘って、その中で地団駄を踏みたい衝動にかられつつ、ひしっ、と表情をできるだけ普段通りの方向へ持っていこうとする俺。
「あの、なにが?」
頭の中が破裂しそうになるのをどうにかなだめて、努めて冷静を装って尋ねる。
すると彼女は、クスリと微笑んだ。
(やばいなぁ、こういう表情がまた、なんとも言えなく可愛いんだよ)
ドキドキ、どきどき。
背後からモンスターに強襲されたときとはまた違うドキドキ感が……いや、モンスターなんかを引き合いに出しちゃぁ、彼女に悪いってもの。
ここは、そう! 高い崖と崖とを繋ぐボロボロの吊り橋を渡るときとは違った緊張感が……これも違うか?!
なんだか意味のわからないことを考えては止め、考えては止めていると、エルエスはそっと柔らかそうな唇を押し上げて、言の葉を紡いだ。
見る者すべてが愛おしい気持ちになってしまう恋慕の華のような色合い。それでいて艶やかな彼女の唇から発せられた言葉に、俺は聴き入っていた。
「自分では気がついていないのね。あなたって本当にすごいわ、心からそう思うの。あたしがジギーくらいの歳の頃には、あなたほどの強さなんてなかったもの。だって、あなたが冒険者になってからまだ一ヶ月しか経っていないでしょう? レベルを四にするのに、あたしなら半年はかかったのに、ジギーはとっくに追い越しちゃっているんだものね」
まるで彼女は自分のことのように誇らしげに話すではないか!
予想だにしなかった返事で、俺が目を白黒させていると、彼女はニッコリと微笑んで続けた。
「それにね……ふふふ、これはあたしの思い違いかもしれないけれど、ジギーって魔法の才能もあるんじゃないかしら。あなたがね、傍にいると、どうしてなのか不思議なのだけれど、魔法を使ったときの負担がいつもと比べて楽になるの。きっと、あなたは特別な何かを持って生まれてきたんじゃないかしら?」
ええええぇぇぇぇぇぇ?!
そんな訳ないじゃないか!
大体、冒険者になるときの適正検査ではウィザードやプリーストはおろか、メイジの素質すらないって言われたんだぞ。
そんな俺に魔法の才能があるなんて、うーん、それこそ思い過ごしじゃないのかなぁ?
彼女の話を聞いて、俺はそう思ったけれど、それを口にするのはやめた。
せっかく彼女が嬉しそうに話していることを否定するのもしのびないし、彼女が笑顔でいてくれるなら、俺はそれだけで十分に幸せなんだ。
(うん。そういうこともあるかもな)
きっと、彼女が言うなら俺には魔法の素質があるんだ。今まで眠っていた才能が、エルエスたちと一緒に冒険することで、開花したのかも。
そう思うことにした。
すると、なんだか急に気分が楽になってくるから不思議だ。
我ながら単純なやつ。
「いつかジギーは魔法戦士になっちゃうかもしれないわね?」
「そうかな……いや、そうだね。よし今度魔法の修行でもしてみようかな?!」
すると彼女はまた俺を見てクスクスと笑み、俺もつられて笑った。
その笑顔が固く結んでいた紐をほどいてしまったのだろうか。
「ところでさ、エルエスは、恋人は……いるの?」
自然に俺は、そう口走っていた。
フッ、と笑顔がかき消えるエルエス。
(しまった! マズったか?!)
気分が良くなったせいで、つい口元が緩んだ!
や、やばい。彼女の機嫌を損ねた?!