三、魔獣の咆哮(3)
「さすがに中央を突っ切るのは勇気が必要だな。少々面倒だが、壁沿いをぐるりと回っていこう」
「旦那の考えに賛成だぜ。ま、ここまできたら焦ることもねーだろうし」
バルバドの意見にスキップが同調する。
これほどの広間のど真ん中を悠々と歩いていって、急に現れたモンスターに囲まれるようなことがあれば、どうだろうか。
いかな高レベル者が揃っているパーティーであったとしても、包囲網を突破するのも一筋縄ではいかないはずだ。
俺たちのリーダーは、そういった事態を懸念しているのだ。
少しだけ休憩を取ってから、再びバルバドを先頭にして壁沿いを歩き出す。
そうそう、そのバルバドだけど、まだ腕のしびれが残っていると言うので、エルエスの持っていた薬草を塗ってもらっていた。
エビルスライムにやられたせいだと思う。
まさか遅効性の麻痺毒があったわけではないと思うけれど、念には念を入れておいた方がいいのは言うまでもない。
それにしても……と、ほとんど白一色で仕上げられた壁を見上げる。
実に様々な壁画が描かれている。
(ここも、この絵が謎かけにでもなっているのかな?)
下層での仕掛けを思い出すと、そんな気もする。だけど、そのときの壁画とは少し赴きが異なる感じがある。
壁がの中で一際目を引くものに、降ってきた溶岩が下界の人々を苦しめる絵があった。村の中心に一本だけ樹がポツンと立っている。
雲の上では、人の背格好をした魔物じみた顔の生物が、祈りを捧げるようにして立っている。
その魔物のような者が杖を一振りしただけで、雷の龍が地上の木々をなぎ倒し、巻き起こった吹雪の中では多くの人が震えている。
「まるで物語になっているみたいだな」
同じように見上げていたバルバドが、壁画の感想を言った。
「どうやら魔物の指導者みてーなやつが退治される話のようだぜ」
スキップが返事をする。
彼の言うように、炎や雷、そして吹雪をも操る魔物たちのリーダーが、一人の勇者らしき人物に胸を槍で一突きにされている絵があった。
「ざまぁねーぜ。悪人が世に栄えた試しはないって言うもんだ」
「いや、その後を見てみろ」
二人の声を意識の隅っこで聞きながら、壁画が綴る物語の先を追った。
勇者に倒されたかに見えた魔物のリーダーだったが、その隣の絵ではたくさんの信者を従えている姿がある。ただし、そいつは倒れたままだ。
「なんだろう……?」
最後に描かれている絵では、たくさんいた信者たちがただその場に倒れている。それも、もがき苦しむような怨念こもった表情で。
「なんだか吐き気のしちまう絵だな」
前を行くスキップが思ったままを口にした。
信者たちの表情には、信じていたものに裏切られた悲痛が見て取れる。
(本当に)
全くもって同意見。あまり長いこと見ていたいものではないな。
その壁画が物語っているものから考えると、魔物を倒した勇者たちが石像として、ズラリと広間に並べられているんじゃないだろうか。
そんな印象を抱いて壁画から目を離す。と、
「エルエス? どうしたんだい?」
最後尾をついてきていたはずの彼女が、いつの間にか少し遅れたところで立ち止まっていた。
(石像を見ている?)
俺は、瞬きもせずに石像を凝視しているエルエスへと歩み寄る。
「この像の人って、五十年以上も前に、最高のウィザードと呼ばれていた人に似ているのよ」
彼女の横に並ぶなり、それを待っていたように彼女が言った。
「へぇ! じゃあ、やっぱり偉大な勇者たちの像なんだなぁ」
俺の考えはズバリ的中。
壁画の物語に関係の深い人たちが、石像として祭られているんだろう。
そう思って、目つきの険しい老人の像を彼女の隣で眺める。
「肖像画で見たことがある程度だから、違うかもしれないけれどね。それにしても、どうしてこんなに石像が置いてあるのかしらね? 生前の冒険者としての功績が認められて……この塔がそんなことの為に建てられたとは思えないけれど」
尋ねるエルエスに、俺は壁上方に描かれてある絵を指して説明した。
彼女は、なるほどそういう理由で像があったのね、と感心した。
そうしてしきりに感心しているエルエスを見ていると、俺は急にあのことを聞きたくなってしまった。
(だけど、うーん……どうしようか)
聞きたいけど、なんかこういうことを面と向かって聞くのもどうだかなぁ。だけど、今聞かないとなかなかそんな機会はないかもしれないし。
頭を悩ませていると、いつの間にかエルエスの顔が目の前に迫っていて、「どうしたの?」というように小首を傾げているではないか!
(よ、よし! 聞いてみよう! 聞いた後は野となれ山となれ、だ!)