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二、胸に鎮魂歌を(7)

 そうして俺たちは、歩みを進めることにした。

 出発してからしばらく歩いたところで、行き止まりの壁があった。

「視覚効果の魔法も消えたのね」

「そうみたいだね」

 出発地点に戻った時点で、途切れた通路同士を繋がっているかのように見せかける魔法がなくなったんだな。

 すると、いよいよ目的地も近いんじゃないだろうか。

 壁に四人が順番に近づくと、パッと景色が変わった。

 背中側に壁が現れる。つまり、通路3から通路1に移動したんだ。

 ディスペルマジックで消したのはポイントC。俺たちは、今度はバルバドを先頭にして、ポイントAを越えて進んだ。

 と、面倒な言い方をしたけど、要するに直進しているだけだ。

 なぜバルバドが先陣を切って歩いているかというと、さっきの古代文字の最後の方を思い出せばわかると思う。この先にはモンスターが待ち構えている可能性が、極めて高いと考えられるからだ。

 つまり『チカラヲ試サレルコトト成ル』という文言のこと。

 モンスターの来襲に備えて俺たちは、バルバド、スキップ、俺、エルエスという隊列を組むことにした。なにかが現れれば、バルバドと俺が剣を手に取ってすぐに応戦できるように。

 スキップは罠の用心の為に二番手についた。

 いくらなんでも文章を頭から鵜呑みにするほど俺たちは馬鹿じゃない。罠がある可能性は低いにしても、異変を察知すれば、すぐに彼が確認できるような配置にしたんだ。

 魔力を温存する為と、戦闘が始まれば支援に回る役割で、エルエスは最後尾。

 俺個人としては、背後からモンスターが襲ってこようものなら、すぐにエルエスの盾になることもできる、磐石に固しといった陣形。

 何事もなく歩みを進めていくと、バルバドが「おや?」という様子で立ち止まる。

「どうしたぃ、バルバドの旦那」

「あれはなんだ?」

 彼が何かを発見した場所へ近づく。

「げげ! こいつぁ死体だぜ、白骨死体!」

「なんてこと……」

「間違いなく冒険者だな。俺たちよりずっと前にこの塔に訪れた」

 俺が階段のところで蹴り飛ばしたガイコツ剣士とは違う、紛れもなく人間だったはずの見るも無残な成れの果てがあった。

「も、もしかして──」

 それを見た俺は、嫌な予感がして辺りを見回す。

(やっぱり、あった)

 思った通りに氷の塊を発見。エビルスライムの核を成していた鉱石。

 と、いうことは……。

「ジギーちゃんよぉ。おめーが躓いたのってさぁ」

 うわー! みなまで言うな!

「足跡の形に骨が砕けているぞ。相当脆いな、亡くなってからかなりの年月が経っていると見える。だが、踏まれてしまったのは、ごく最近のようだぞ。砕け方がまだ新しいからな」

 必死でスキップの口を押さえたのに、バルバドが言ってしまった。

 か、考えたくなかったのに。

 そうなんだ。

 スキップから発光塗料の入った小袋を受け取ったとき、俺は何かに躓いて盛大に転んでしまったのだけど、何に躓いたのか、その正体はわからなかったんだ。

 それがこの白骨死体だったなんて!

 消えてしまった視覚効果の魔法がうらめしく思う。ああ……いっそのこと、それだけはずっと保っていてほしかったよ。

 なんだか死者の魂を冒涜してしまったような気が……。

「スライムみたいなやつに骨まで解かされてしまったのだろうな」

 隅の方では、半分しかない頭蓋骨が転がっている。

「できることなら、きちんと埋葬してあげたいけれど」

「ほっとけほっとけ。今までだって死体くらいわんさかあったろ。だいたい冒険者になったときから、そいつも死ぬ覚悟はとっくにできてらぁ」

 スキップを薄情と言うなかれ。彼の言うことももっともなのだ。

「む? 壁を見てみろ。ここにも文字が書いてあるようだ」

「こりゃぁ、こいつの遺書だな」

「遺書?」

「己の死を悟り、最後の言葉をここに残したのだろう」

 俺は横に並ぶエルエスと一緒に、壁に書かれた『遺書』の文面を覗き込んだ。


『どれほど、何度倒してもあのスライムのようなモンスターは蘇ってくる。

 ここに辿り着くまでにツェルダーとオーカスは力尽きてしまった。

 あの時、引き返していれば良かったのだ。それなのに、仲間の死を無駄にしたくないと、愚かにも歩みを進めてしまった。

 目の前に吊り下げられた財宝に目が眩んだ、愚かな男を笑ってくれ。

 先ほど、スライムにもう五度目になるトドメを刺したブランも息を引き取った。

 すまない、リン。俺はもう帰れそうにない。

 やつが再び蘇る前に、ここへ訪れる者たちに言葉を残す。

 無事に生きて戻ることができたのならば、ヴェルスのオーブリンクに住むリンに、私の言葉を伝えてほしい。

 ケインは確かにリンを愛していた、と。

 この通路を抜ける方法は、おそらく魔法を消すことだ。そして、いくつかの』


 殴り書きの文章は、ここで途切れていた。

 きっと復活したスライムの相手を余儀なくされたのだろう。

「ツェルダーかオーカスっつーやつが、メイジかウィザードだったんだろーな」

 読み終えた様子を見て取ったか、スキップが静かに口を開いた。

「こいつはシーフだぜ。独りで先に進もうとするなんて、身の程知らずもいいとこだ」

 苛立った様子で吐き捨てる。

 ケインという冒険者は、仕掛けがわかっていながら、魔法を扱う術も持たない為、どうしようもなかったのだろう。

 だが、それなら大人しく引き返せと、目を背けたスキップの横顔が物語っていた。

「形見も残っていないなんて、悲しすぎる」

 エルエスは顔を伏せていた。

「衣服も武器も、なにからなにまで溶かされてしまったんだな」

 残ったものは砕けて風化した骨のみ。

「遺骨をそのリンって女に持っていきたいなら、それはかまいやしねーけどよ。せめて帰り道にしろよな」

 それくらいわかっているさ!

 一歩間違えば、俺たちだって同じ運命を辿るかもしれないんだ。今は人のことにかまっていられる余裕はないってことくらい。

「必ず、ここに戻ってきましょう」

「ああ、塔を出たら真っ先にヴェルスに行こう。きっと今も彼の帰りを待っているはずだもんな。それでいいだろう、バルバド?」

 ここまで来るのに命を落としてしまった冒険者たち全てを救うことはできないけれど、せめて待っている人がわかるだけでも、なんとかしてやりたい。

「もちろん、そのつもりだが?」

 当然、と言わんばかりにバルバドが言った。

「へっ、お人好しどもめ」

 こちらを見ずに腕を組んだスキップが悪態をつく。

(お互いさまじゃないか)

 そう言う彼だって、俺たちに気取られないようにしているみたいだけど、唇の端が少しだけ上がっているのが見えた。

 金目の物には、大好物の酒と同じくらいに目がないスキップ。

 お金になりそうな話には一も二もなく飛びつく彼なんだけど、シーフとして「仲間を危険にさらさない、何事も命あってのもの」を信条としているんだ。

 そんなスキップだから、きっと、命か財宝かと問われたならば、迷いなく自分や仲間たちの命を選択するはず。

 だから、無謀に突き進んで命を落とし、大切な人を置き去りにしてあの世へ旅立ってしまった、ケインというシーフが許せなかったんだと思う。

 それと同時に、もしかしたら自分も同じような過ちを犯すかもしれない。なにしろ終着点は目前だ、抗いきれない誘惑に負けることだってあるだろう。

 そうなってしまった自分と彼とを重ね合わせたところもあって、赤の他人にそうまで感情移入しているエルエスやバルバドらの発言が、ちょっぴり嬉しかったんじゃないだろうか。

「なら、とっととこんな陰気臭い塔なんざ、攻略しちまおうぜ」

 次に口を開いたスキップは、そんな様子など微塵もなかったように言った。

 彼の言葉に俺たち三人は同時に頷く。

 後ろ髪を引かれるような思いで、俺たちはその場を後にする。

 ここまで来て、さぞ無念だったろう。

 だけど、これが冒険者だ。

 いつモンスターや罠にやられて死んでしまうとも知れない、それは冒険者になった時点で誰もが覚悟していることだ。

 そんな旅路で俺はずっと彼らと一緒にいられるのだろうか。

 スキップといつまでくだらないことで笑い合っていられるだろう。

 勇敢なバルバドの背中をいつまで見ていられるだろう。

 いつまで……エルエスの隣にいられるのだろう。

 彼女の横顔を覗き見る。

 とても悲しそうな、それでいて何かを吹っ切ったような表情をしていた。

(できることなら、ずっとずっと俺が守ってやりたい)

 だけど今は彼女に気持ちを告げられるほどの力はない。

(いつか、きっと)

 俺は心の中で誓った。

 そんな常に生死が渦巻く世界に足を踏み入れている俺たちだけれど、後悔なんてこれっぽっちも無い。

 俺たちは今回こそ、自分たちの為だけにこの塔に挑戦してはいるけど、冒険者の最も多い仕事はモンスター討伐だ。

 いつの時代も人々はモンスターの脅威にさらされない日などなかった。

 だからこそモンスターから自衛するために冒険者ギルドが発足したのだし、それがさらに戦士ギルドや盗賊ギルド、魔術師ギルドと細分化されて、より互いに切磋琢磨して人間たちは成長してきたのだ。

 冒険者であることに俺は誇りを持っているし、同じ冒険者として、死者の魂に心中で両手を合わせつつ、

「見えてきたぜ、扉だ!」

 もう一度、行き止まりの壁で瞬間移動して、しばらくしてからスキップが指を差した。

(いよいよ……大詰めだ)

 冒険者を迎え打たんとするモンスターに備えて、俺は剣の柄に手を添えた。


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