序、八階の無限(2)
エルエスの持つ銀のワンドが輝いた。
耳に心地よい鈴の音のような声で発せられた呪文。そんな声の響きとは裏腹に、盛大な炎の渦がガイコツ剣士たちを包み込む。
まさに火葬。
炎に包まれたガイコツたちは、とくに悲鳴を上げるでもなく、糸の切れた操り人形のようにその中に崩れ落ちていく。
「ひゅーっ、やるぅ!」
隣のスキップが歓声を上げてはしゃぐ。
階段いっぱいに赤で埋め尽くす炎。
やがて鎮火すると、ワンドを持って炎に集中していたエルエスが、ふぅ、と息を吐いた。
「怪我はない? どこか痛かったら無理しないで言ってね?」
長いまつげの奥からエメラルドグリーンの瞳が俺を覗き込む。
憂うような眼差しにまっすぐ見つめられて、思わず顔を背けそうになる。
(……近い! 顔が近いって!)
顔にある穴という穴から煙がもくもく出てきそうだ。さすがにこの距離まで顔を近づけられたことは、まだない。
「どこかやられたの……?」
そんな俺を見て彼女はことさら心配そうに首を傾げる。
まぁ無理もない。
俺はまだ十八のガキだ。エルエスからしてみれば、弟かなにかのような感じで心配しているんだろう。
要するに男として見られていない。だから俺の気持ちもわからないんだと思う。
「でーじょーぶ、でーじょーぶ。苦しいのはこっちの方だからよ。なっ? ジギーちゃん」
う、うるさいっ、余計なこと言うなよ!
意味ありげな笑みを湛えて自分の右胸に親指を突き立てるスキップ。
「無事ならいいのだけど」
エルエスはいまいちスキップの言うことがよくわからなかったようで、腑に落ちない表情で俺たち二人を交互に見比べる。
「あ、あのなぁスキップ。いい加減にその『ジギーちゃん』ってのやめてくれないかな。そんな呼び方されるとあっちこち痒くなってきちまうよ」
我ながら苦しい誤魔化し方だ。
だけど彼女はそれを聞いて「うふふ」、口元に手を当てて笑っていた。
うーん、なんだか不本意だ。
エルエスってもしかして結構鈍感なのかな……。
「いいじゃねーのー、ジギーちゃ〜ん」
さっきまで彼がいた場所とは別のところから、心ここにあらずな声。
隣を見たけど、そこにはスキップの姿がなかった。
俺がエルエスに視線を向けた一瞬の間に……なんて素早い。
「この塔の仕掛けもよぉ、いよいよ先が見えなくなってきたな」
階段を登りきった先にあった扉に罠がないことを確認したスキップ。その扉を開けて部屋に入った第一声がこれだ。
はー、なるほど。こりゃ確かに先が見えない。
「罠や仕掛けの類は全ておまえにかかっているんだぞ」
「……つってもなぁ。バルバドの旦那、これどうすりゃいいわけ?」
途方に暮れた顔で見上げるスキップ。
逆に質問を返されて、口をつぐむバルバド。
熊のような巨体をでんと構えて言い放つ。
「そんなこと知らん」
ズルッ、と肩を落とすスキップ。
がんばれっ! そして、気は落とさずに仕掛けを解いてくれ!
心の中で声援を送りつつ、俺は部屋を見渡した。
「とにかくどっかに解く鍵があんだろ」
俺たちが入った部屋は白い壁の小さな部屋だった。
そこから一本だけ通路が伸びている。
問題なのはそれだ。
「どう見ても、この塔に納まる長さじゃないもんな」
ずっとずっと。
ずっとずっとずっと、鏡と鏡を合わせた中に見えるような、延々と続く長い通路。
そんな気の遠くなるほどの無限が、俺たちを待ち構えていた。