二、胸に鎮魂歌を(4)
「くそ! ねぇっ……ここにも無いじゃねーか!」
なにを探しているのか、側壁の肩あたりの高さを必死の形相で探っているスキップ。
「もしかして、全然別の場所に飛ばされちゃったんじゃないか俺たち」
「むうぅ。それは一理あるかもしれんな。だとしたら、スキップの推測通りにいかんのも頷けることだが」
要するに、最初にテレポーテーション魔法で強制移動させられた時、俺たちがいたのはすでに七階へ降りる階段のあった場所とは隔絶された、遠く離れた場所だったということ。
バルバドと話をしながらも、内心は穏やかではいられない。
さっき彼も言っていたけど、スキップの手に負えないほどの罠であったなら、この先どうすればいいのか。
シーフの技能においては、他の追従を許さないほどの腕があるスキップだ。
その彼が、初見で通路内を調べた限りでは何も見つけられなかったという。
エルエスの魔法に関する知識を得て、ようやく手がかりを見つけられたくらいなのだ。
「いかにスキップでも、間違いの一つや二つくらいあるだろう」
「別のポイントが正解だってこともあるかもしれないもんな」
予想外の事態につい「閉じ込められた」なんて口をついて出たけど、よくよく考えてみれば、通路の両端にあるテレポーテーション魔法を二つとも消さなければ、まだ失敗を取り返すことはできるんだ。
バルバドと二人で納得していると、側壁を食い入るよう見つめて探し物をしていたスキップが、深呼吸しながら俺たちに向き直った。
よほど気が動転していたらしい。
呼吸を整えると、彼は口を開いた。
「待て待て、そんなことあるわきゃねぇ。いや別に、俺はそこまで失敗したのを弁解したいってわけじゃねーんだ。この塔の傾向から考えて、全くの手がかりがなくなるような罠があるわけねぇ。もちろん、どのポイントが正解なのかがランダムってことも絶対ねえ!」
やけに自信を持って言い切るなぁ。
俺にはわからなかったけど、この塔の傾向って一体どういうことなんだろう?
「いいか? この塔に仕掛けられてる罠は、そりゃぁどれも凶悪なもんだったよな? んだけど、どれも二つの条件が整っていれば解けるもんだった」
人差し指と中指の二本を提示して、彼は俺たちを見る。
確かに、一階から七階まで思い出してみると、どれも恐ろしい罠ばかりだった。
部屋に入ると大きく口を開けた穴が待ち構えていて、ギラリと尖端を鋭く尖らせた針がいくつも穴の底に敷かれていた罠。
その針の上には、人間が乗って通れる大きさの板がいくつも並べられていたけど、間違った板を選んでしまえば即落下してしまうような仕掛けになっていた。
罠を通過しようと、エルエスの浮遊魔法を使おうとしても、特殊な結界に阻まれてしまった。
試行錯誤の末に、壁画が部屋一面の壁に描かれていることに注目し、それが謎かけになっていたことを突き止めたのだが。
その大部分はただのカモフラージュで、鍵となる部分が今度こそ浮遊魔法を使うことでしか見つけることのできない高所にあったのだ。
そしてエルエスに古代遺跡の知識を頼りながら、スキップが解いて俺たちは無事に通過することができたのだった。
他にも、魔力を流すと浮き上がる巨大な岩が道を塞いでいる罠もあった。
そのフロアはいくつかの分かれ道があって、それぞれ巨岩が行く手を通せんぼしているものだった。
床に古代文字での警告文があり、一つの岩に魔力を流して浮かせたまま通路を過ぎると、二度と後戻りできないという内容。
それもエルエスが警告文を読み解き、スキップが文章に隠された謎を解いてくれたおかげで、間違った道を通らずに済んだわけだった。(ついでに言うと、不正解の道を選べば、もれなくモンスターが待ち構えているというオマケ付きだったことも、彼が解いた文章でわかった)
はて、そこまで思い巡らせて考えてみる。
(塔全体に共通する二つの条件?)
う〜ん……モンスターはバルバドと俺とで相手してきたし、スキップが罠の仕組みを解いて、エルエスの魔法で突破してきたのがほとんどなんだよなぁ。
(あっ、そうか!)
脳裏に閃くことが一つ。
「シーフの技術とウィザードの魔法が、この塔を攻略するには必須条件だったんだ!」
今にして思えば、内容は違えど罠はほとんどその繰り返しだった。
俺はそこに思い当たり、つい声を大にして叫んだ。
「そんなところだな。んだけど、本当に重要なのはそこじゃねぇ。……重要なのは、その二つが揃っていればどんな罠だって解けた、ってことなんだ」
彼が断言する理由はそれだったのか。
だけど、そこまで律儀に罠を仕掛けている人物なんて、一体何者なんだ?
「逆に言やぁ、条件さえ揃ってりゃ解けない罠なんてなかったってことよ。どの罠もどこかに必ず攻略の糸口があっただろ? ここで言えば、テレポーテーション魔法と視覚魔法を別々にしてあるってことだ。
エルエスにゃぁ、言葉を返すようで悪いけどよ、こんだけ大掛かりな罠も満載、モンスターも盛りだくさんってな塔を作ったようなやつ、明らかに只者じゃねーぜ? はっきりいって、その二つの魔法の効果を一つの媒体に持たせることも、出来るほどの人物だと俺は思ってる」