一、静かなる捕食者(11)
稲妻が次々に走り敵を撃つ。
川の流れのようにとめどなく、しかし川の流れより激しく、無数の電撃がエビルスライムの表皮を貫き、肉をえぐる。
その様子はまるで、己の怒りに触れた罪人を罰する雷神の姿そのもの。
次第に通路を満たしていた稲光が収まると──。
物言わぬ塊と貸したエビルスライムの核が、静かに転がる。
沈黙と取り戻した通路に「ひゅ〜」、スキップの感嘆の声がやけに響いた。
「半端じゃねー威力だぜ。敵にしたら恐ろしい女……」
「えっ?」
「な、なんでもねーよ。そ、それよりほらっ、急ごうぜ。他にもうじゃうじゃ湧いてきたら面倒だからな」
首と右手をぶんぶか振ってスキップが話題を逸らすと、エルエスは「そうね……魔力も節約しないと」と背を向けて歩き出す。
「あっぶねーなぁ」
横に並んで歩き出すバルバドを見送りながら、彼は額の汗を拭う。
そんなやり取りを眺めながら、俺は今日までのことを思い出していた。
冒険者になり一ヶ月。
彼らのパーティーに加わり、すでに三度の冒険をこなしてきて今回で四度目。
困難な仕事も力を合わせてこなしてきた。
それなのに俺ときたら、高レベルの彼らに遅れを取るまいと必死に剣を振ってきたものの、レベルはまだ四にしかなっていない。
レベルが低ければ低いほど、次のレベルまでの道のりは早いと聞くけど、他の冒険者に比べると俺の成長は遅いほうなんじゃないだろうか。
自分の剣の腕に自信があったはずなのに、バルバドにはその剣で軽くあしらわれ、さっきだってスキップが助けてくれなければ命を落としていたであろう始末。
強力な魔法をいくつも操るエルエスにも一向に頭が上がらず、いつになったら彼女と釣り合う男になれるのか。
いつも三人には助けてもらいっぱなしだ。
(こんなはずじゃ、なかったんだけどなぁ……)
彼らがなぜこんな俺を未だに仲間として見ていてくれているのか。
本来なら彼らは、もっと実力のある人間とパーティーを組むべきではないのだろうか。
前々から感じていただけに、今の戦いで劣等感がさらに浮き彫りになる。
そんな自分への嫌悪感に頭を悩み巡らせていると、スキップが得意のニタニタ笑いで俺の顔を覗き込んでいた。
「ジギーちゃ〜ん、なに思いつめた顔してんの? さてはあれか、エルエスと自分との差を感じちゃっているわけ?」
彼は「へっへっへ、図星か?」と含み笑いをしてみせる。
「そんなんじゃないって。さぁ、早く行こう」
こうした言い合いで彼に敵うはずがない。
さらりとやり過ごそうとした俺だが、彼は俺の鎧の後ろをグッと掴んで離さなかった。
「まぁ待てって。あいつら、古代文字のことでなんか話し合ってっからさ、少し俺らも話そうぜ」
見ると、エルエスとバルバドが天井を見上げて何事か相談していた。
「話すって……何をさ?」
きっと俺は不服そうな顔をしていただろう。
そんな表情を見て取ったのかどうかはわからない。
ただ、次に口を開いたときのスキップは一転して、表情を引き締めた真剣そのものの眼差しをしていた。
「モンスターがいつまたやってくるかって心配よりも、エルエスの魔力が尽きちまうかもしんねぇってことよりも……なによりも大事なことさ」
ドキッ。
まるで胸を鷲づかみにされた気がした。
ジッと見つめられると、なんだか心の内を全て見透かされるようだ。
「自分を疑っちゃ、いけねぇよ。おめーはおめーでよく頑張ってる。それは俺たち三人、全員が認めてることさ」
目線を俺に合わせたままで、スキップの目が細まる。
「だけど俺……いつもみんなに助けてもらいっぱなしじゃないか」
この塔に限らず、今まで何度も三人には助けてもらってばかりいる。それなのに……俺に出来ることはほんの僅かだ。
「おめーだって、さっきバルバドの旦那を助けてやったじゃねぇか。なんにも心配することなんてねーんだよ。立派に成長してらぁ」
あんなの助けたうちになんて入らないさ!
あの怪力のバルバドだ、きっと俺なんかが何もしなくても危機を脱していたはずに違いないのだ。
「ガキがくだんねーことで悩むなって。と、悩むことで成長するもんもあるけどな」
うつむく俺の額を指先で押し上げて、スキップが笑う。
「……どっちなんだよ。だいたいスキップとは四歳しか違わないだろ」
子供扱いするスキップに言ってやった。
それに俺はもう十八なんだ、ガキなんかじゃない。
思わぬ反撃にキョトンとするスキップ。すぐに「へへ」と鼻の上を指先で掻いて言った。
「わかってるじゃねーか。そう、たったの四つだ。だが、おめーだって今から四年も経ちゃぁ、俺みたいに軽口を叩くようになるかもしんねぇ。さらに三年もすれば、エルエスと肩を並べられるほどの冒険者にもなるかもしれねーな? そういやエルエスのやつ、おめーのこと、いやに褒めてたんだぜ? それからもう一年ほど経験を積みゃぁ──」
え、エルエスが?! なんで?!
バルバドと話し込んでいる彼女に自然と視線が往く。
スキップが俺に倣うように二人の方へ顔を向けた。
「バルバドの旦那か……。ありゃー難しいかもしんねーなぁ?! あんの御仁はとんでもない修羅場をくぐってらっしゃるからな」
彼の言う修羅場とはどのようなものだったのか。おそらく想像を絶するような死線をくぐり抜けてきたのではあるまいか。
「前に上半身裸になっているところを見たけど、傷跡だらけだったもんなぁ」
「どんなモンスターと戦ってきたら、あんな体になるんだかな?」
スキップと一緒にバルバドを見る。
すると打ち合わせたかのように、二人がこちらを振り返った。
「スキップ! ジギーも!」
彼が笑いを噛み殺していると、エルエスが手を振って俺たちを呼んだ。
その横でバルバドが腕を組んで仁王立ちしている。
「ありゃバケモン」
バルバドを指してか、スキップが笑った。
そんな彼を見ていると、自然に笑いがこみ上げてきた。
スキップは俺を励まそうとしてくれたのだ。誰でも最初は初心者なのだと。
四年すればスキップの歳に、そこから三年経てば今のエルエスと同じ歳になる。
さらに一年で二十六歳。
バルバドと同じだけ生きてきたことになるけれど、そこからどう成長するかは誰にだってわかりはしない。
だけど、いくら悩んだとしても自分は自分、いきなり変わることはできない。
一歩一歩はゆっくりでも、今という時間をしっかり歩いていけばいい。
彼は暗にそう教えてくれたのだ。
なぜこんな単純なことに気が付かなかったのだろう。
「ほいほーい、っと。ま、そーゆーこった。あんまり一人で抱えこんでちゃぁ、見えるもんも見えなくならぁな。なっ、ジギー?」
コツンと俺の胸を小突いてから、二人のもとへと小走りで駆けていくスキップ。
ふと気がつくと、俺は彼の後ろ姿を眩しそうに見つめていた。
「ジギー、いつまでもボーっとしてるなよ! 時間は待っちゃくれんぞ!」
「ごめんごめん、いま行く!」
バルバドの掛け声で走った。
そうだ、自分を卑下することなんてない。俺は俺のまま力の限りを尽くして進んでいけば、いつかどこかに辿りつくことができるんだ!
歩く先がどこに繋がっているのかは、着いてから考えよう。
(ありがとう、スキップ)
外界と遮断されて明かりもまばら、こんなに陰気くさい室内に閉じ込められているというのに、俺の心はまるで青空の下にいるような清々しい気分だった。