一、静かなる捕食者(9)
バルバドの顔が苦痛に歪む。
傍目に見てもわかる。相当な締め付けだ。
エビルスライムに捕らえられた両腕からは、しゅうしゅうと音がしていた。
おそらく酸のようなもので彼を溶かしてしまうつもりだ。すぐに解放しないとバルバドの腕は二度と剣を握れなくなってしまう!
俺は剣を振りかぶって跳躍した。
そしてバルバドを捕らえて離そうともしない、エビルスライムの体を斬り離すべく、全体重をかけて振り下ろす!
ジュぶゃッ!
エビルスライムの体に綺麗な断面ができて、バルバドの腕と離ればなれになる。
すかさず俺は本体へと剣を薙いだ。
まるで豆腐のように、エビルスライムになんの抵抗もなく刃が入る。
しかし、水平に斬り裂いた部分があっという間に塞がってしまった。
(再生が早い!)
その間にバルバドが、エビルスライムの本体から遠ざかった。
まだ彼は、両腕をエビルスライムの斬り離された体の一部に拘束されたままだ。
「コーティング・ド・アイス!」
バルバドは迷わず腕を手前に突き出していた。そこにエルエスの呪文が重なる。
すると彼の腕を拘束するエビルスライムの切れ端がみるみる凍りついていく。
(さすが! 付き合い長いだけあって、いい連携だ)
俺はすぐに氷付けになったバルバドの腕から、エビルスライムの切れ端を剥がしにかかった。
「テメーはそこでジッとしていやがれ!」
ボウガンを構えたスキップが、二発、三発、エビルスライムに向けて矢を発射した。やつが俺たちを再び捕捉しようと、その軟体を伸ばしていたのだ。
クラゲのような表皮を突き破った矢が、濃緑の中心部へ深々と突き刺さる。
しかしそこは流動的なスライムの体、矢で留めたところであまり長くはもちそうにない。
だが、僅かでも足止めできれば十分。
「少し離れていろジギー」
バルバドの腕からある程度の氷を剥がしたところで彼が言った。
「ぬぅぅぅん!」
気合いの声を発したバルバド。
「──ハァッ!」
掛け声と共に、彼を拘束していたものが粉々に砕けた。
「腕は大丈夫なのか?!」
バルバドは肩を回してから、背負っていたウォーハンマーを手に握る。
「ヒリヒリするが……まぁ、戦うには支障のない程度だ」
俺は胸を撫で下ろした。
もちろん彼の体も心配だったけど、彼が剣を握れなくなってしまうのは困る。
(バルバドをいつか越える、っていう目標がなくなっちゃうもんな)
仲間として肩を並べて戦ってはいるけど、いずれ力がついたら、もう一度勝負を挑むつもりなのだ。
こんなところでその目標を奪われてしまっては、悔しいじゃないか。
「よくも……この俺をエサにしようとしてくれたなァ」
凄みのきいた形相でバルバドがエビルスライムを睨みつける。
「どうやって攻める気なんだい?」
尋ねると彼は、フンッ!
鼻息を粗くしてウォーハンマーを持ち直した。
(挿絵提供:Frog25)