一、静かなる捕食者(8)
なにしろ、ソレは長身のバルバドよりも自らの体をさらに大きく広げていたから。
彼の元いた位置の真上にいたソレを俺は見た。
ぬるりとした表面は透き通っている。まるでクラゲのようだ。
だが、その体の深部に向かうにつれて、だんだん濁ったドブ川のような色が濃さを増している。
あれが目や他の器官に相当しているのだろうか、中心にいくつかサイズの不揃いな鉱石のようなものがあった。
ときおり明かりを受けて照り返す鉱石の輝きは、なんだか不気味なくらいに不自然な怪しさがあり、俺は思わず身震いしそうになった。
ドロリ、それでいて速やかにバルバドへと身を延ばす様は、例えるなら巨大アメーバに似ていた。
巨大アメーバは沼地にでも足を運べば簡単に見つけることができるけれど、巨大といっても人間とは比べるべくもないほどで、昆虫やせいぜい小動物あたりを稀に飲み込む程度だ。
しかし今、俺たちの目の前にいるものは──。
「スライムだっ! それも、なんつう大きさだよ?!」
「規格外だわ! あんなスライム、見たことない!」
スキップとエルエスが同時に叫んだ。
そいつを見た感想が頭をよぎったのは、ほんの一瞬。
「バルバドぉぉぉぉぉッ!」
すぐさま俺は剣を腰から引き抜く。
すでにそいつは天井から剥がれるようにしてバルバドへと覆いかぶさっていた。
不幸中の幸いは、彼が少しでもそいつの落下地点から離れていたため、丸呑みにはされなかったことだろう。
一見するとただのグリーンスライムだ。
その濁った濃緑の体。致死性はないものの、麻痺毒をもつそれに似ている。
だが、この塔にいるモンスターがただのスライム、それもおそらく頂上に近いであろう八階に配置されているとは考えにくい。
そう、この塔は何者かが造ったのだと噂されている魔法仕掛けの塔なのだ。
ここへ足を踏み入れて生きて還った者は数えるほどしかおらず、塔なかばにすら辿り着く前に逃げ帰った冒険者は、皆その恐怖に多くを語ることはなかった。
バルバドを始めとした、エルエスやスキップなど歴戦の冒険者と一緒でなければ、今の俺がこの塔に足を踏み入れることなど、決してなかっただろう。
レベルが十にでもなれば一人前と言われる冒険者稼業にあって、これほど高レベルの仲間に恵まれた俺は、幸運というに他ならない。
「すぐに呪文を、エルエス! バルバド、待っててくれ、いま助ける!」
叫んで、エルエスの返事も待たずに駆け出す。
狙いは決めてある。
スライムのようなモンスター(便宜上、ここは塔の特性にあやかって、エビルスライム、とでも呼ぶことにしよう)は、バルバドが避けたために、本当なら全身まるごとすっぽりとかぶさろうとしていたところを、端の部分がひっかかっただけに留めた格好になっていた。
ただ、端だけといえども相手は並のサイズではない。
バルバドはエビルスライムを避けられぬと判断し、両腕でしっかりとガードしていた。
被害は最小限にくい留めることができたようだけど、いかんせん両腕にからまったエビルスライムのおかげで、彼は身動きもままならない状況だ。
(──それを断つ!)
バルバドとエビルスライムとを切り離すことができれば、少なくとも彼がそのままズルズルと引き寄せられ、やつに飲み込まれる心配もなくなるはず!