序、八階の無限(1)
うおっ! あ、足をつかむなっ!
俺は慌てて左足をつかもうとした、血色の悪いその手を反対の足で蹴り飛ばした。まぁ、血色が悪いというか、肌自体がないんだが……。
(さすがにまだ、お仲間にはなりたくないな)
自分でも口元がひきつるのがわかる。
色白で、細く華奢な指先。そんな表現から連想してしまうのは、大きな屋敷の窓からそっと顔を出して外を眺めているような病床の美少女だけど、目の前のこいつがそうだったならどんなにいいだろうか。
確かに華奢は華奢だが、できれば肉はついていてほしい。
そっと触れただけで折れてしまいそうな……などという美しさを表現する形容もあるけれど、やつらは折れるは折れるでも、すぐに元通りになってしまう。そんな便利な体をしているのだ。
つるりとのっぺらぼうのようなツラで、目と鼻と口の位置に、それぞれに見合った大きさの穴が開いている。要するに死んだ人間の頭──頭蓋骨だ。
どうしてこいつらはこんなにしつこいのか。それも階段を登っている途中だ。
俺は背中にうっすら汗をかいていくのを感じながらも、目の前のガイコツ剣士から目が離せずにいた。
「ジギー! のんびり眺めてないで、早く登りやがれって!」
階段の上から声がかかって、俺は我に返る。
だけどやつらは俺に蹴られようが、おかまいなしにわらわらやってくる。その数、ざっと数えただけでも六体いた。
「わかってるって! このやろう!」
あまりにも突然だったから、心臓もばっくんばっくん鳴ってるわ、鳥肌も立つわ。
自分でも情けないけど、返事をする声が少し震えてたかもしれない。
だけどそんなこと、仲間に気取られるわけにはいかない、と俺は素早く鞘から抜き払う。
その剣の一振りで、手前の二体が骨を撒き散らして吹っ飛んだ。
(エルエスには格好悪いとこ、見せらんないもんな!)
ちょうどいい感じに吹っ飛んだ二体のガイコツ剣士に巻き込まれて、他のガイコツたちは階段を登る足が鈍る。
「悪いけど、仲間を探すなら他をあたってくれ!」
俺は捨て台詞を残して、一気に階段を登りきった。
振り返ると、やつらの中の一体が俺をうらめしそうに睨んでいた──気がした。
「あーぶなっかしいやつだなー、まったくジギーちゃんよぉ」
「ばっか。演出だよ演出」
呆れ顔の眼帯に、俺はなんてこともなかったように答えた。
しっかし、階段を登っている途中に、いきなり天井から降ってくるやつがあるか?!
それが突然の夕立だっていうなら諦めもするけど、ガイコツに降ってこられた日には、俺じゃなくたって焦りもする。
「だいたいあんたが罠なんてないって言ったんだろ、スキップ」
それも、しんがりの俺だけが迷惑するような罠だなんて、なんて性悪な罠を仕掛けているんだ、この塔を作った人間は。
「まぁ……普通は階段に罠があるって場合はあまりないかんな。それより、エルエスの魔法に巻き込まれんじゃねーぞー」
ったく、すぐそうやって話をそらして。
この四人パーティーの中で俺とは一番歳も近くて、兄のような存在。
まだ冒険者としては未熟な俺に、なにかと世話を焼いてくれるけど、たまにこうして都合の悪い話をはぐらかす癖があるのだ。
頭をポリポリ掻いて、反省の色もなく白い歯を見せる眼帯の男──スキップの視線につられて俺も振り向く。
瞬間、線の細い金髪がふわりとして赤橙色を帯びる。
そして、彼女は叫んだ。
「ファイアストーム!」