2章7話『『封印木棺<外伝>』』
この話と他の話で小説の書き方のフォーマットにずれがありますが、
この話のフォーマットは小説として標準的な物を心がけています。
他の話も、今後、折をみて、標準的な物に変更していく予定です。
宜しくお願い致します。
2章1節からでも読めるように、あらすじ、設定をまとめました。蔭の世界をご堪能あれ・・・・・・
1、2章1節からでも読める設定紹介: https://ncode.syosetu.com/n5947ez/80/
2、2章1節までのあらすじ : https://ncode.syosetu.com/n5947ez/81/
洞窟を抜けると、広がっていたのは夜空だった。青紫にも紺にも見える暗い夜空。空一面に奥深くまで霧状雲が広がっているためか星は見えず、その手前には雲が何層にもわたって発達している。大地には黒味の強い薄のような植物が群生しており、遠くにもやはり黒っぽい樹木が点在している。
けれども、隅々までよく眺めると、正面奥には山脈が広がっており、その上の空は他より僅かに明るい藍色をしている。
あの先には、光がさしているのだろうか。それとも、別の何かが広がっているのだろうか。いずれにせよ、あの先を目指すことになるのだろうと直観した。
空の様子も大地の植生も前の世界とは異なっているが、強いて言うなら景色は将器と出会った銀箔川周辺の草原に似ている。
「皆、おめでとう。我々はついに外の世界に到達したのだっ!」
繋木氏が歓声をあげるまで、景色に見入っていた。繋木氏は子供のようにはしゃいで見える。
その後、見かけ上は年長者である自覚を取り戻したのか「まず、蔭妖諸君については、もう一度、周囲に草蔭を生やした方が良さそうだねっ!」と続けた。
それはその通りだ。
でも待てよ、ひとたび再帰シダを生やせば、やがてこの世界そのものが再帰シダで埋め尽くされてしまうのではないだろうか。
蔭蔓の草蔭は再帰シダの日陰蔓。株が枯れれば、特定地点にその株は再生する。環境が合わずに、数を増やせなかったとしても、絶対数が減ることはないのだ。
「再帰シダを生やすのって、汚染だよね……」
蔭蔓は独り言のように言い放ったつもりだったが、霞はそれを拾って返した。
「……でも、生やすしかないじゃん」
彼女も再帰シダ使いだから、同じようなことを悩んでいたのだろうか。
「まあね」
結局、ためらいながらも地面に日陰蔓を生やした。
「……再帰シダが侵略種になるのを防ぐ手立てぐらい、あるだろう」
茂蔓はつぶやいた。それについて詳しく聞いても良かったが、その前に、手ぶらの薊が茂蔓の所へ来た。
「先輩は速く情報を共有してください」
そう言うと、茂蔓の持っている本に触れた。
「あっ、おい待て、薊っ!!」
薊が触れたところから、『封印木棺<外伝>』は分裂をはじめた。
なるほど、菌類の草蔭は目に見えない菌糸が株と認識されているから、触れているだけに見えているのだろう。
アレクシアも本の複製を眺めに来た。
「……仕方がない」
茂蔓はため息をついた。二人から帰ってきた外伝を手に取ると、茂蔓は黙って他の者にも複製を作った。あくまで原本は自分で持っているつもりのようだ。
「私もいいかしら?」
茂蔓から複製を手に取ると、あずさは早速、読み始めた。
「皆、読み漁るのは野営の準備が済んでからにしろよ?」
茂蔓は釘をさした。
「そういや、もう夜だったな。よし、じゃあ洞窟も出たし飯にでもするか!」
将器もつけ足した。
(この二人、意外にも息があっているのか……!?)
突然、地響きが鳴り出した。轟轟と無数のなにかがぶつかり合うような音が背後から鳴り響く。
「これはっ! すごい音だね!」
そういう割には繋木氏は笑っている。音源は今来た洞窟の中だった。恐らく、洞窟の崩落が始まったのだろう。
蔭蔓は振り返った。今しがた歩いてきた洞窟は、高さ五メートル程で円錐形の岩山にある。層状の構造を持った岩山の地上部に半円形に近い出口が形成されていたのだ。それが今度は中から外へ崩壊している
「結構、ぎりぎりだったみたいね……」
あずさは目を丸くして言った。
「そうだな。みんな無事で、よかった」
将器も蒼ざめた笑みを浮かべている。
洞窟の入り口はまもなく岩石で塞がれた。
「すごいぞ! 本当に四半刻程度だっ!」
歓喜をあげたのはヴォルフだった。腕時計を眺める彼は、好奇心旺盛な学徒にしか見えない。しかし、茂蔓がいた組織の研究者だったらしいので、実年齢はもっと上なのではないだろうか。霞から聞いた話では、蔭妖には肉体年齢を操作して生き続ける方法があるらしいのだ。
ヴォルフの隣では、夏樹音宗という腐植社のメンバーが仮面を取ったところだった。馬顔でやや細い垂れ目の青年だ。背は将器ぐらいあり、どことなく不思議な雰囲気を放っている。
洞窟が閉じたので追手はないだろうということになり、野営の準備に取り掛かった。場所は、直径十メートルぐらいある円錐形の岩山を、洞窟のあった場所から時計回りに九十度ほど回ったところに決めた。
選んだ理由は三つほど。まず、地面が岩肌でできていたから。草むらには危険な草蔭があるかもしれない。次に、岩山の傾斜が緩くて、崖崩れの心配がなさそうだったから。そして、近かったから。皆、疲れ切っていて、茂蔓ですら顔にもう動きたくないと書いてあった。
肌寒かったので、それぞれが持ってきた薪を出し合い、焚火をした。かなり湿度が高く着火にはやや苦労させられた。それから、料理と並行して焚火を囲うようにテントを張った。
今は、アミ魔と腐植社、男女で分けて計四つの大きなテントが張られている。なお、霞は腐植社の女子テントに、繋木氏はアミ魔の男子テントに入る模様。
次はお待ちかね、晩御飯の時間だ。
「はいよ、カズ」
将器は竹筒に水を入れて渡した。一年も魔獣狩りをしてきているにもかかわらず、野営の経験はあまりなかったので、将器の魔法のありがたさを身に染みて実感させられた。
「ああ、生き返る……」
水の魔法、何もない所に水を生成することができる魔法、草蔭の力ではないのだろうが、これほどシンプルかつ強力なものも中々ないのではないか。そんなことを考えながら、一気に飲み干した。
「お代わりをお願いします!」
「お、おう……飲むのはやいな」
飲み物は良いとして、食べ物はどうか。幸い、皆、食意地が張っているようで、それぞれ荷車の大部分は食料品であることが判明したので、数週間分の食べ物はある。
食事の中心は、保存のきくもの。主食は米。異世界に来てまで白米が食べられるのはありがたいというほかないし。野菜は、百年はもつという梅干し、完全乾燥野菜、ほとんど塩味しかしない漬物等々。たんぱく源は、煮干、大豆等々。
薊の発酵食品製造技術の高さは凄まじかった。驚くべきことに、自家製納豆、味噌、醤油、酒、甘酒までも持参している。これらを単独で用意した彼女には頭が上がらない。
これらの料理も真菌使いのたしなみなのだとか。まあ、細かいことを言わせてもらうと、納豆菌は真菌ではなく細菌なんだけど……。
さらに、霞がクルカロス北植物魔法研究所から無料で頂戴した、肉菜ブロック、缶詰おかゆ、金平糖に砂糖味の羊羹なども大量にあるので、思いの外、食卓は変化に富んでいる。
食べだすと、グループは主に三つに分かれた。
まず、アレクシア、薊、霞、そして、アレクシアに引っ張られていった神那の女子グループ。四人は岩山の洞窟があったところに向かっていった。
次に、焚火を囲んで今後の計画を練っている、茂蔓、あずさ、蔭蔓、ヴォルフ、繋木氏のグループ。
そして、焚火の近くで、剣術の稽古を始めた将器と音宗の二人。
「残念だけど、『封印木棺<外伝>』にはあまりこの世界については書いていないのね」
あずさはため息をついた。百数十ページ程度の本なのに目次がないので読み進めていった。確かに、封印木棺への行き方や、封印木棺を開放する儀式のやり方、世界をつなぐ洞窟の説明などが主であり、こちらの世界の情報についての記述は今のところ発見できていない。
「一〇七ページ下段はまだ見ていないだろう?」
茂蔓は涼しげに言った。それから、二秒経つか経たないうちに、
「なるほど」
とあずさは頷いた。蔭蔓も自分の本で確認すると、そこには、短編の物語がある。こちらの世界にたどり着いた甚平の少年が、寒がりながらも周囲に生えている黒い薄などに目を奪われて、目の前に広がる山脈の方へ歩いて行くだけの物語がある。
(この山脈はあの、上の空が青くなっている山脈のことなのか。)
白が分析した。
(他に山脈とかないもんね。)
「つまり、あの山の向こうに何かがあるということかっ! どうやら、何があるかは行ってからのお楽しみのようだがねっ!」
ヴォルフは少年のように目を輝かせている。
「ああ、みんな……ちょっといいかな……」
議論で盛り上がっている中に、神那が現れた。