2章3話『封印木棺』
2章1節からでも読めるように、あらすじ、設定をまとめました。蔭の世界をご堪能あれ・・・・・・
1、2章1節からでも読める設定紹介: https://ncode.syosetu.com/n5947ez/80/
2、2章1節までのあらすじ : https://ncode.syosetu.com/n5947ez/81/
1月2日 午前 蘆木林にて 霞
「そういえば、どうしてここ案内してくれたの?」
「気まぐれ」
いや、蔭蔓にこの林を一目見せたかったのだ。
「それより、あんたはそろそろ戻ったほうがいいよ」
「そっちはどうすんの?」
「ぎりぎりまでいる。来られなくなるだろうし……しばらくは」
「……そうかもな。わかった、じゃ」
そういうと、蔭蔓は蘆木林を見渡した。
「……うん」
霞の返事を聞くと、彼はヘリアンフォラの中へ潜っていった。
1月2日 午後 繋木邸、奥の雑木林の中にある泉にて 蔭蔓
再び霞に会ったのは、集合時間の午後五時だった。場所は、繋木邸の裏庭のヘリアンフォラの正面だ。彼女は珍しく遅刻することなく到着していた。
繋木氏と茂蔓がいない。
「……茂蔓は?」
蔭蔓は他の三人に聞こえないように小声で言った。
「昼からもう、あっち」
霞も小声で返した。あっちとは、目的地である封印木棺のことだろう。
「流石に、早いな」
霞の背後にあるヘリアンフォラは捕食袋の口が半径一メートル程度に成長しており、荷車も飲み込める大きさだ。捕食袋からは先端にフックの付いた綱が飛び出ている。恐らく、フックに引っ掛けて中に入れろということだろう。
早速、これに突っ込みを入れたのは、あずさだった。
「どうやって、捕食袋の先端に荷物を運ぶつもりなの? 地上二メートルはあるけど……」
「それ、私がすることになってるの……」
神那が、慌てて少しかがみ、あずさの腕にしがみついて言った。
神那が鬼化すれば、荷車を持ち上げることも空中浮遊して捕食嚢の中に入れることも容易かった。だが、彼女は日常生活の場面で鬼化することには恥じらいがあるようで、今も少し頬を赤らめていた。
「あ……ごめんね」
「うんん、どんどん運びますっ!」
神那はそう言うと、あずさから十分離れて鬼化した。彼女の額の両脇から二本の角が生え、漆黒の黒髪は淡い青紫の薄花色へと変化した。神那は宙に浮き、荷物をいとも簡単に抱えると、フックを使わずに一つ一つ移動させてしまった。
「すまないな、任せっきりで……」
男前の将器には、力仕事を異性の神那に任せるのには抵抗があるようだ。
「うんん、腕力も空飛べるのも種族の違いだからさ」
神那は開き直った。
「確かに、荷物運びごときに使う魔法ではないよね……」
蔭蔓は魔力溢れる神那を見上げていった。すると、神那は動作を止めた。
ん?
「──それなんだけど……」
神那は何かを言いかけた。そして、あずさの方を振り返った。するとあずさは、神那の眼を見て頷いた。
「鬼でいる方が楽なんだよね……」
「それどういう……。まさか、普段は人間に変化しているってこと?」
蔭蔓は気になって尋ねた。
「うん。成長するに従って角も生えて鬼になってきて……仕方ないから、人間に変身していたの……」
てっきり、人間の姿が素だと思っていた。
なるほど。人間の姿で暮らしていたというところか。それにしても、鬼というのは多種多様な力を持っているなあ。
「まあ、角の一、二本なんてかわいいもんでしょ」
蔭蔓は彼女をかばった。というか、本当にそう思っていた。蔭人なんて、平気で草蔭から生えてくることもあるわけだから、それに比べれば大したことないと言わざる負えない。
「え、かわいい?」
いや、そういう意味の語法じゃないけど、まあいいか。というか、そういう目線で見れば、まあ、かわいいとも思うけど……。
蔭蔓は新しい性癖に目覚めてしまうような気がしたのでそれ以上考えないことにした。
「神那に言ったの。普段からそのままでいればって」
あずさは続けた。
「人のことだからいえるんだけどね……」
あずさがそういうと、神那は恥ずかしがりながら「どうかな?」と訊いた。
将器は鼓舞するように頷き、蔭蔓と《カスミ》も続いた。
「なら私、この姿のままでいるっ!」
神那は下を向いて恥ずかしそうに、けれども嬉しそうに右手で角を撫でた。
「じゃ、行こうぜっ!」
将器は捕食嚢へ進んだ。
一行はヘリアンフォラ畑へ到着した。この畑のヘリアンフォラのほとんどが、それぞれ、別の場所へのワープとなっている。一行は霞に案内されるままヘリアンフォラ畑を進み、ひときわ大きなヘリアンフォラに辿り着いた。
これが目的のものだろう。
親切にもそれは数メートルの断層の下側から生えており、断層の先端部と捕食袋の口の間に木製の橋が渡されている。つまり、自力で荷を移動することができるのだ。
そして、その捕食嚢の中は不透明な液体で満たされている。乳白色の砂が液体内部に広がっているように見える。
「私から」
霞がまず荷物と共に飛び込んだ。続いて、蔭蔓だ。
まず、荷物を落とした。荷物はヘリアンフォラの捕食袋の中に浮いた。
白は蔭蔓から出て来て、左腕に巻き付いた。
(シュルルル……。)
そして、蔭蔓は、爪先からヘリアンフォラの口に飛び込んだ。
荷物を寄せながら、下へ下へと綱を下っていった。丁度良い浮力が働いているのか、荷物の重量をほとんど感じない。
ついに、もう一方のヘリアンフォラから顔を出した。外に広がっていたのは、見渡す限りの湿原だった。空気が薄く、地平線には山脈が広がっている。恐らく、ここは高山地帯なのだろう。
出口の捕食袋には木製の滑り台が設置されており、荷車を降ろせるようになっている。蔭蔓は荷車を液体中で半回転させ、車輪が滑り台に接するようにし、荷物をそのまま降ろした。
足場も適切に選んであり、ぬかるんだ地面に車輪が飲まれるなどということはなかった。霞が無表情で、荷車にもたれて休んでいる。
「あれからずっと寝てた」
「二徹だったね、お疲れさん」
「うん」
霞は続けた。
「あんた、向こうの連中を知ってる?」
彼女の視線の先には、封印木の巨木、四、五本が聳え立っており、その根元には、六人の人影があった。
二人はすぐにわかった。繋木氏、そして、茂蔓だった。残念ながら、蔭蔓は一人を除いて他の者もわかってしまった。
まず、蔭蔓の元アルバイト仲間でラルタロス魔法学校附属図書館襲撃事件の犯人のアレクシア。そして、アレクシアと共に附属図書館襲撃事件に加担していた長身の男と小柄な少女と思われる人物だ。
あと一人は、茂蔓より少し長身で金髪、眼鏡で瘦せ型の青年だった。彼だけは見たことがない。
「一人を除いて。金髪の彼」
(おいら、あいつ知っているぜ。おいらたちと他の奴を瓶に入れてひでぇ実験しまくっていた奴だ、名前は……。)
「……あれはヴォルフガング、蔭妖寮の元研究者」
全員がそろうのを待って、目的地まで歩いた。
将器、あずさ、神那の三人が直接、茂蔓と接触するのはこれが初めてだ。残念ながら、皆に何も言うなというのは難しいだろう。お互いに敵同士のままだからだ。
例えば、神那が蔭蔓を監視していたのは黒ローブ、つまり、茂蔓を捕まえるためだった。
特に将器は去年の春分の日に茂蔓がアミテロス魔法学校を襲撃したことを恨んでいる。
(うーん、ひと悶着ありそうだな……。)
(てえ、お前も一緒に生活していた寮の奴やられたんだろ。怒ってねえのかよ……。)
(問い詰めようとは思ってるけど、多分それ相応の理由があったのだとは思っているんだよな……。元々、そこまで残虐な性格じゃなかったし、俺。)
考え込んでいるうちに、封印木の根元まで移動してしまった。両集団は互いに睨み合い沈黙した。
「やあみんな、時間通りだね。それに、蔭蔓君も元気そうで何よりだ」
沈黙を破ったのは繋木氏だった。彼は、蔭蔓たち一行を満面の笑みで迎えた。
「どうもご無沙汰しています」
「お前は、黒ローブの魔法使いか?」
将器が遮った。将器は一歩踏み出すと、刀を抜いた。刃は茂蔓の方を向いている。
どうやら早速ひと悶着起きるようだ。
茂蔓は将器を睨みつけ、空気中から大鎌を取り出した。普段は優しい将器が、蔭蔓と瓜二つの顔を持つ茂蔓に恨み顔を向けており、複雑な心境だ。
1月2日 午後 封印木棺にて 将器
「そうさ。僕は茂蔓。蔭蔓の対となるものだ」
「蔭蔓から話は聞いた」
将器は続けた。
「だけど、今ここで答えろ! どうして、魔法学校を襲った! どんな理由があろうとも罪のない子供を何十人も死なせていいことにはならないぞっ!」
将器はまくし立てた。譲るわけにはいかないのだ。
去年、青寮の寮長だった。日々、寮の仲間一人一人のために努力していたつもりだ。
春分の襲撃時も全員助かるようにと、どんな戦いもいとわなかった。にもかかわらず、春分の襲撃は青寮から十一の命を奪った。将器は青寮全員に、必ず犯人に敵は討つと誓った。
そして、その犯人は蔭蔓によれば、目の前の茂蔓という奴だった。
いつもならブレーキをかけるだろうあずさも止めに入らない。今なら、奴を問いただし仇討ちすることができる。
だが、茂蔓が親友の蔭蔓と瓜二つの顔を持っている。見れば見るほど似ており、そのような人物と果し合いすることなど、正直ためらわれる。
幸い、茂蔓の回答はまるで期待外れのものだった。弁明、開き直りなどではなかったのだ。




