2章1話『霧の柱の白蛇』
2章1節からでも読めるように、あらすじ、設定をまとめました。蔭の世界をご堪能あれ・・・・・・
1、2章1節からでも読める設定紹介: https://ncode.syosetu.com/n5947ez/80/
2、2章1節までのあらすじ : https://ncode.syosetu.com/n5947ez/81/
去年は事件の連続で波乱万丈だった。
最初の事件は春分の日に起こった。それまで蔭蔓はアミテロス魔法学校の平凡なシダ植物の魔法使いだった。
春分の日、学校の感謝祭で団子を食べていたら学校が蛇の魔獣に襲撃された。応戦し森の中に入ると、黒い全身ローブをまとう青年、黒ローブが現れて蔭蔓は瀕死の深手を負わされた。
その黒ローブはラルタロス魔法学校魔物部に来いと言い残して消えた。彼は蔭蔓と瓜二つ顔を持っており、蔭蔓の失われた過去の記憶についても知っているようだったので蔭蔓は彼を追うことにした。
長年の親友、将器、あずさとともにラルタロス魔法学校魔物部に入学すると待っていたのは、箏弾く女傑、神那だった。
黒ローブの使う魔法、闇魔法について知るためにラルタロス魔法学校附属図書館でアルバイトしていると、今度は図書館が襲撃された。
黒ローブがよこした手紙をもとに二度目の接触を行うと、神那はアミテロス魔法学校の命令で蔭蔓を監視していたことが判明。二人はどうにか和解し、お互いに自由になるための契約を交わした。さらに、蔭蔓は附属図書館襲撃事件の犯人として学校側に濡れ衣をかけられ、仲間とともに国外逃亡した。
あずさ、将器、神那とともに隣国のクルカロスに逃亡した。たどり着いた先いたのは、怪しい個人投資家、繋木創と着物の少女、白芦原霞だった。今度は、繋木氏の依頼で、霞と共にあるまじ木忌と呼ばれる凶悪な魔獣と戦うことになった。
ある日、蔭蔓は戦いの目的が封印木棺という封印の開放のために鍵を集めることであると知った。最後の鍵集めに向かうと、一行を待ち受けていたのは大百足に八岐大蛇だった。
(なるほどな。そいつが、お前がおいらの所に来るまでの話か。)
白が蔭蔓の頭にテレパシーでつぶやいた。
(ああ。まさか、一度は戦った八岐大蛇の一柱と魂ごと融合するとは思わなかったよ。)
蔭蔓も脳内で返した。
朝食はみそ汁に白米、焼き魚だった。どれもあずさお手製だ。白と融合してから疲れていたので、胃に優しい食事はありがたい。
(おい、おいらにも飯くれよ。)
(あーはいはい。ついでに三人に説明しておくか……。)
「えっと、三人とも、一回食べるのやめてもらっていい? あと、口の中は飲み込んどいたほうがいいかも……」
三人が頷いて飲み込むと、将器が「どうしたんだ?」と尋ねた。
「説明するから見ていて」
蔭蔓はそう言うと、右手から日陰蔓を生やした。
(はい、朝食。)
(おい、おいらの隣にいるの、おいらたちと戦った鬼の女の子じゃねえか。)
(まあ、お前が攻撃しなければ大丈夫だよ。ほかの二人もな。)
白は食べ物欲しさにあきらめて頷くと、蔭蔓の腕から霧を生じさせ、そこからスッと宙の中へ這うように現れた。
あずさは、「蛇じゃんっ!」と驚いて、将器は、「なんだっ!」と構えた。神那だけは、すまし顔で、「なんというか、蔭蔓から臭いがすると思っていたの、あるまじ木忌の」と答えた。
「へー、やっぱりわかるんだ……。そう、こいつは白。八岐大蛇の八頭のうちの一柱で、訳あってこいつと融合したから、これからは文字通り二心同体」
「八岐大蛇って、私たちが戦った個体じゃないでしょうね」
あずさは早速、要点をついた。
「察しの通り。まあ多分悪い奴ではない。俺と融合して俺の命を救うぐらいには」
「そのようだけど……」
あずさは蔭蔓の言葉に偽りなしと認識したのだろう。彼女はどうやら集中すれば、相手の嘘を見抜けるようだ。
「それより、融合したって……どういうことだよ」
将器があずさを遮るのは珍しかった。それほど、蔭蔓の身を案じてくれているのだろう。
「そう。見ての通り、見た目はある程度分かれているみたいなんだけど、魂同士が融合しているみたいだから、1つの生命として安定している……はず」
(黙ってないで、自己紹介しろって。お前、自分が安全だって証明しないと丸焼きにされるかもしれないぞ。)
(さっきと言っていること違うぞお前。)
(まあ……、お前も俺だから三日後に蘇るはずだけど……。あれ? でも、お前だけやられた場合には俺はどうなるんだろう……。)
「よう、おいらは霧の柱の白蛇様だ。今は、蔭蔓が付けた白って名前でやっている。好きな食べ物は日陰蔓、岩檜、あと、松とか杉の葉っぱだ。妖壊期になってもお前ら食ったりはしないでおいてやるから、どうか攻撃しないでくれよ……」
「喋れるのは感心するけれど、偉そうな割に弱腰ねえ」
あずさは小笑いした。
「本人曰く、妖壊期じゃないと大して強くないんだとか」
「そりゃ、昔の話だ。今はお前の魔力を使ってちっとは力を使えるみてぇだ。お前もおいらだからな」
「へえ、そいつは便利だ」
つまり、蔭蔓の魔力次第では、白は霧の魔法を自由に使えるということか。最も、蔭蔓の魔力量は……。
(ところで、その霧の魔法ってどんな魔法なんだ。)
(すげぇんだぜ、おいら。いつかみせてやんよ。)
(あっそうですか。)
「でも、また変な気起こしたら、今度こそ容赦しないよ」
神那が涼しげな笑顔で言った。それを聞くと白は目を丸くして一目散に霧の中に引っ込んだ。しばらく様子を伺うと、蔭蔓から生えた日陰蔓の近くに現れ、むしゃむしゃと貪り始めた。
「あの一応、俺と同体だからねっ!」
シンプルに怖かったので、念のため釘を刺しておこう。
「どうして融合することになったんだよ。その……、八岐大蛇に食われた後、何があったんだよ」
将器が軌道修正した。
「そうだな、それを話そう」
蔭蔓は頷いて起こったことを一通り話した。
去年の調査で分かったことがある。
それは、蔭蔓は蔭人あるいは蔭妖という人間に似て非なる存在であることだ。
蔭妖とは草蔭と呼ばれる魔法の植物を自在に扱う生命。そして、蔭蔓のような蔭妖は、同一世界に同じ草蔭が存在する限り、何度でも蘇る。
最後の鍵を探した時、激戦の末に仲間をかばった蔭蔓は八岐大蛇に食べられた。鱗木や日陰蔓の草蔭の力で蘇った蔭蔓は、黒ローブと霞に誘拐され、クルカロス北植物魔法研究所に監禁された。
監禁された密室のなかで、八岐大蛇の一柱であったと自称する一匹の白蛇を助けた。それが白だ。
そして、十年前の記憶を取り戻した。
十年前、アミテロス魔法学校に入る前、そして、将器と出会う前の蔭蔓は、霞と紅羽というもう一人の少女と三人でクルカロス北植物魔法研究所の人体実験サンプルとして管理されていた。三人は蔭妖の再生能を利用され、過酷な人体実験を繰り返し行われていた。
計画を立て、三人で研究所を脱出したものの紅羽は射殺され、蔭蔓は引き裂きの実で今の茂蔓と蔭蔓に分裂した。
引き裂きの実は、実を食べたものを無限に分裂させてしまう作用がある。蔭蔓と茂蔓は、なぜか一度だけ元の蔭蔓から分裂することで十年間持ちこたえていたのだ。
茂蔓は霞を連れて逃亡した。そして、忌まわしき研究所の後ろ盾の組織である蔭妖寮に加入し幹部に成り上がり今の黒ローブの姿になり、霞は個人投資家、繋木創の養子になって生き延びた。
蔭蔓は川へ落ち、記憶を失い、流されて将器に出会った。二人はリプロスという町を目指して行動を共にし、魔法使いの孤児としてアミテロス魔法学校に保護された。
十年の時が流れ、茂蔓も蔭蔓も引き裂きの実の効力を抑えることができなくなり始めていた。
二人の存在と人格を保ったまま引き裂きの実の効力を無くすためには、蔭蔓と茂蔓は引き裂きの実の成体である巨大なウツボカズラ、草蔭アンプラリアの捕食袋に身を投げて融合反応を起こし、そのうえで融合しないで二人のまま生還する必要があった。
もし、捕食袋に身を投じなければ、引き裂きの実の作用を抑えられず、身体が成長を伴わずに際限なく分裂しただろう。そうなれば、二人は可能な限り小さい可能な限り多数の分裂体になり、蔭妖の力をもっていたとしても一人の存在として再生不可能な状態になっていただろう。
蔭蔓が助けた白蛇が捕食袋に飛び込んだことが幸いし、茂蔓は茂蔓のまま、蔭蔓は白蛇と融合した存在として生還を果たした。
こうして、二人と一匹は引き裂きの実の試練を乗り越えた。
蔭蔓は茂蔓の本当の目的を知った。その一つは、射殺された紅羽を連れ戻すことだ。
紅羽は蔭妖であるから、彼女の草蔭である赤いお化け松葉がこの世界に存在する限り彼女は蘇る。そして、彼女が射殺されたとき赤いお化け松葉は存在していたことが研究所の資料により確認されている。
「とりあえずこんなところかな……」
「なるほど……。封印木棺の先に広がる異世界のどれかに紅羽を探しに行くのが、次の目標なんだな」