1章73話『茂蔓《シゲル》と蔭蔓《カゲル》』(一章最終話)
1月2日 21:28 草蔭N.アンプラリア実験場にて 霞
『ベントリコーサ様 一件の通知がございます。
草蔭 N.アンプラリア アンプラリア実験場株 に
成長中の 葉 が 2本 確認されました。
1本目 先端部 は 現在 人体 に 分化中です。 92%
2本目 先端部 は 現在 捕食袋 に 分化中ではありません。
2本目 先端部 は 現在 人体 に 分化中です。 81%
1回 の 融合現象 が 確認されました。
融合体は 2本目 の 先端部 に 結実中です。』
白蛇は正しかった。どうやら、蔭蔓と白蛇が融合したことで、茂蔓と蔭蔓+白蛇の霊的な均衡がとれたようだ。2本目の新芽が再び人へと分化し始めた。
サラセニアの分析結果によれば、日陰蔓、鱗木の力を上書きした死神の大鎌の草蔭、日陰蔓、鱗木の草蔭が2対2で融合現象に抵抗しあうことで、見事融合は免れたようだ。
1月2日 0:31 草蔭N.アンプラリア実験場にて 霞
嬉しさで涙が溢れた。2人は隣り合うようにして葉の先端に結実し、今は無邪気な表情で眠っている。茂蔓も蔭蔓も表面を薄膜に包まれており、まるで透明な蛹に入っているようだ。
それぞれ、茂蔓は黒い全身ローブの蔭衣、蔭蔓は長い烏帽子に白装束のかげごろもに身を包んでおり、その姿は神々しくもある。
霞「生きているかい!」
霞の声に反応し目を覚ましたのは、茂蔓だった。膜は彼が身体を動かすと勝手に破れ、彼はその場に座り込んだ。
茂蔓「霞か。終わったのか。」
霞「ああ、上手く行ったよ。」
茂蔓は隣で気絶している蔭蔓に目をやると、「つくづく幸せな奴だよ。」とぼやいた。
蔭蔓はなかなか目を覚まさなかったので、2人で管制室に運ぶと、しばらくしてひょっこり目を覚ました。
蔭蔓「あれ、ここは・・・。」
蔭蔓が、目をこすっていると、その近くの空気中に、忽然と霧が現れて、中から蛇が出てきた。
白蛇「シュシュシュ、こうなったか。」
蛇はそういうと、「ちょっとばかし離れるぐらいならできるみてぇだな。」と続けた。
鵺のようにならなかったのは、あるまじ木忌と蔭人という似て非なるものの融合体だからかしら。
霞「あんたには感謝しないといけないね。」
白蛇「それよりな、瓶なんかにおいらを閉じ込めていたことを謝れやい。」
霞「悪かったよ。」
瓶に閉じ込めたのはあたしじゃないけどね。
白蛇「素直にあらまられても、調子狂っちまうな。」
そうこうしているうちに、寝ぼけて独り言をつぶやいていた蔭蔓が正気に戻った。
蔭蔓「霞か。改めてありがとう。」
霞「・・・どういたしまして。」
霞は目をそらして、優しく返した。
??? ??? ??? 蔭蔓
茂蔓「安心するのはまだ早い。早速、ヴォルフから連絡だ。研究所を占拠しているのがばれて、こちらに追手が向かっているそうだ。アレクシアともヴォルフとも繋木邸で合流になる。」
黒ローブもとい茂蔓は言った。
蔭蔓「追手ってどういうことだよ。」
茂蔓「実験場を使用するために研究所ごと乗っ取った。今は、警備が少ない時期だからな。」
蔭蔓「あぁ、もうお前の乱暴さにはもう驚かなくなったけど、やっぱり繋木創とはつながっていたか。」
茂蔓「研究所を離れた後、俺は蔭妖寮へ、霞は繋木邸へ入った。その時からの付き合いだ。」
蔭蔓「とすると、植物魔法研究会に依頼書を出したのはお前か、あるいは、お前の関係者。いや、その前から確実に俺たちに依頼書を引かせるように、俺たちの状況を逐一監視できる距離に誰かを置いていたはずだ。お前、ひょっとして孔芽か蕗野先輩のあたりは?」
茂蔓「蕗野は僕だ。」
蔭蔓「なるほど。どこまでも、お前の掌の中だったか。腹立つな。」
霞「ホント子供ね。でも、第七封印と再帰羊歯の件は、あんたの手柄よ。」
蔭蔓「あぁそう。で、ヘリアンフォラはどこなの?」
霞「外よ。」
3人とも急いで必要な荷物をまとめた。蔭蔓も仕方がないので、『暗黒草物語集』という、草蔭と蔭人の昔話の本やら、アンプラリア博士のデータベースに残っていた研究データの複製やら、持ち運べる限りの物をもった。
研究所を出発する頃には午前3時を回っていた。辺りはまだ暗く、野外実験場跡地の近くに生えていたヘリアンフォラをくぐると、出た先にはいつものヘリアンフォラ畑が広がっていた。
ヴォルフという茂蔓の仲間、そして、アレクシアは別ルートで後から来るというので、研究所と畑を繋ぐヘリアンフォラは破壊した。
蔭蔓「とっても落ち着くんだけど。霞はどう?」
霞「10年近くいるからね。」
茂蔓「そうだ。10年だ。10年かけてやっとスタートラインに立てた。僕たちと紅羽の夢を叶えるための。」
茂蔓が勝ち誇ったように叫んだ。
蔭蔓「意外とお前、いじられるタイプだろ。」
茂蔓が睨みつけてくるので、蔭蔓はそっぽを向いた。
霞「それはそうと、サラセニアのデータベースで、研究所で管理していた蔭人のサンプルリストに紅羽の番号も見つけたの。だから、生存説の確証が取れたわ。」
蔭蔓「そういや、繋木邸の倉庫に植えてあったあの赤いお化け松葉は・・・。」
茂蔓「もとは研究所に保管されていた紅羽の株だ。もちろん、ラルタロスのある世界にも大量に植えておいた。」
蔭蔓「なるほど、確証の意味が分かった。」
霞が道中、荷物を持ったままよろけて倒れそうになったので、茂蔓とともに荷物をかわった。
蔭蔓「まずは全員休むことだな。」
霞「はぁ、そうみたい。」
霞は睡眠不足で引きつっていたが、今までで一番幸せそうに笑っていた。
ヘリアンフォラ畑と繋木邸を繋ぐヘリアンフォラをくぐり、繋木邸に戻った。そして、霞、茂蔓は繋木氏への報告があるというので別れ、蔭蔓は白と共に、3人のいる寮へ向かった。
一番初めに目撃したのは将器だった。まだ、朝の4時頃だというのに一人で軒に座り込んでいる。2人竹林サピアで稽古していた、一年前をふと思い出した。
やがて、将器は顔をあげて、蔭蔓に気づいた。蔭蔓を目撃すると、将器が手を振って近づいてきた。
将器「お盆は半年以上先だぞ!?」
蔭蔓「何を言うかと思えば、こいつは。」
二人は体当たりしあった。そして、離れるかと思いきや、将器はそのまま蔭蔓に飛び掛かった。まだふらふらしていたし、荷物も重かったので、蔭蔓はそのままドミノのように地面に倒れた。
蔭蔓「おいやめろ。疲れてんだよこっちは。」
将器「正直、本当にダメかと思ったぞ。」
将器が近くの石にしゃがんで言った。
蔭蔓「まぁ、まだ自分でもまだ信じられないよね。」
将器の勧めで、眠っている女子を叩き起こすことになった。
将器「神那、あずさ、大百足がまた出やがった。庭じゅう百足だらけだぞ!」
何と下手な嘘だろうか。
あずさ「どうやったらそんなことになるのよっ!!」
神那「まだ眠い。」
将器「寮にも入ってきているから倒すの手伝ってほしいんだけど。」
あずさ「え?ちょっと、嘘じゃないの?」
神那「ふはぁ、まっててちょふたい・・・。」
障子を開けた神那は蔭蔓と鉢合わせした。
蔭蔓「やぁ、百足です。」
あずさ「・・・あ、本当に百足がいるわ。退治しないと。」
あずさが眠そうな目をこすった。
神那「・・・よかった。どうしてかわからないけど、良かった。良かったよ。」
神那は蔭蔓を見るや否や泣き始め、たったまま涙をすすった。
蔭蔓「いやぁ、泣いて喜んでくれるなんて、蘇りがいがあるってもんだよね。あ、でも俺が本当に百足に見えてしまう可哀そうな子もいるのか。あー残念残念。」
あずさ「誰が残念よ。全く、心配ばかりかけるのだから。いなかった間の分の家事をやってくれてもいいのよ。」
蔭蔓「謹んでお断り申し上げます。」
神那「本調子みたいね。これなら、今夜、封印木棺に発てそうね。」
神那が優しい笑みを浮かべていった。
蔭蔓「まじか、そりゃ随分急だなぁ。」
あずさ「せいぜい、荷物をまとめておきなさい。」
将器「まぁ、ひとまずアミ魔再結成だぜ!」
将器が背中を叩いてきたので、倍ぐらい強くたたき返した。
これで僕は、黒ローブの正体を確かめた魔法使いとして生きていくことのうち半分は達成した。少なくとも今、僕は黒ローブの正体を確かめた魔法使いとして生きている。だから、僕の過去を求める旅はひとまず終わりだ。
これからは後半の”生きていく”ほうを実行する。けれど、文言をより厳しく修正するかもしれない。ただ、生きていくのではなく、”将器、あずさ、神那、そして、霞、茂蔓、紅羽やその他もろもろの者たちと生きていく”というふうに。