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アミテロスの魔獣狩り~草蔭魔術の深淵へ、シダ植物の魔法樹林をどこまでも旅する~  作者: 森條 在
1章終節 アンプラリアの草蔭《くさかげ》
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1章72話『蛇の恩返し』

1月2日 18:37 草蔭くさかげN.アンプラリア実験場にて カスミ


 残念ながら、2日目の午後6時を回った頃に、警報が鳴り始めた。アラートの内容は蔭蔓カゲルがやはり茂蔓シゲルに吸収され始めているというものだった。


 『ベントリコーサ様 一件の通知がございます。

  草蔭くさかげ N.アンプラリア アンプラリア実験場株 に

  成長中の 葉 が 2本 確認されました。

  1本目 先端部 は 現在 人体 に 分化中です。

  2本目 先端部 は 現在 人体 に 分化中ではありません。

  2本目 先端部 は 現在 捕食袋 に 分化中です。』



 うわっ・・・。あと半日足らずなのに、どうしてこんなところで・・・。


 急いで、2本目の新芽を確かめに行くと、人間の胚のような形状だった肌色の先端から朱殷しゅあんのひだが急速に成長している。


 一方、1本目の新芽は、先程よりも先端部の成長速度が増加しており、皮膚に相当する部分から茂蔓シゲル蔭衣かげごろもである黒ローブまでもが成長し始めている。


 蔭衣かげごろもとは、蔭人カゲビトが再生する時や念じた場合に身体から生えてくる衣服で、蔭人カゲビトごとに異なる固有の魔法の一つだ。蔭衣かげごろもから草蔭くさかげを成長させることもでき、蔭人カゲビト内臓の魔装といえる。


 そして、これが生え始めているのは再生過程が終わりに近づいていることを意味している。


 カスミは焦りと絶望感に襲われた。試験の制限時間が残り20分だが、解かないと不合格になる問題の解き方が全く思いつかないような感覚だ。


 気合じゃどうにもならない壁があるんだ。でも、どうすればいいんだろう。もうできることなんてないのに・・・。


 カスミ茂蔓シゲル蔭蔓カゲルの霊体の大きさの比が

4:3であるというサラセニアの通知を眺めながら狼狽えた。これは、差が10%未満であることが望ましい値なのだ。


白蛇(娘。)


 後ろから誰かに話しかけられたような気がしたので驚いて振り返ると、カスミぐらいの体長の一匹の白蛇がいた。


白蛇(手を貸してやっても良いぞ。)


 蛇の魔獣・・・精神に直接話しかけているの?そんなことができる魔獣なんてきいたことがないけど・・・。


 しかし、記憶をたどると、心当たりは1件だけある。それは、2週間ほど前まで、ガラス瓶の中に閉じ込めていた白蛇のあるまじ木忌だ。そのときは体長30cmにも満たない小さな個体だったが、もし同一個体なら随分成長したことになる。


カスミ「まさかお前、あの時のあるまじ木忌なの・・・?実験の邪魔をするのなら容赦しないわよ。」


 カスミは立ち上がって手から生やした蘆木カラミテスの若芽をダイヤに変えて、両手剣として構えた。


 しかし、40時間越えの連続労働中だったので、戦闘なんて冗談じゃないというのが本音だ。


ハク(おい、はやまるな。話を聞け。助けてやろうってんだ。)


 白蛇は鳴いてカスミを威嚇したが、今度は砕けた言葉遣いで精神に話しかけてきた。


カスミ「はっ?あんたが?どうやって。」


ハク(シュルルル。存在が融合されるには融合される存在の自我が壊れることが必要だ。それは、各々の自我を保てるなら、存在は融合されないということだ。それなら、各々に自我を保たせるものを与えればよい。娘、何か気の利いたものはあるか。)


 白蛇は再び厳かな口調で言った。筋が通っていたので、思わず剣を降ろした。


カスミ「何を言うかと思えば・・・。あんたはどうして手を貸すと言うんだい?」


白蛇(蔭蔓カゲルという蔭妖おんように借りがある。)


 カスミは質問したことを後悔した。納得のいく答えなど返ってくるはずないのだから。


白蛇(娘、放置しておけば、2人は融合されてしまうぞ。)


 白蛇はいかにも怪しかったが、言っていることはまともだったので、もう少し話を聞いてみることにした。


カスミ「それで、どうしろというの。」


白蛇(お主は茂蔓シゲルとやらの大切な品を渡すがいい。ただし、生きている者はだめだ。)


 カスミはしばし考えた。このまま放置しておいても、蔭蔓カゲルは一人に融合されてしまう。この蛇の提案に乗っても一人が零人になることはないだろう。なら、乗ってみる価値はある。

 

 カスミは紅の松葉蘭マツバランの髪留めを手に取った。これは、紅羽クレハのお化け松葉を模して自分で岩石を掘って作ったものだ。止めていた髪が、扇状に宙に広がる。


カスミ「この場にある物でこれ以上のものはないと思う。ないといいな。」


 そういうと次の瞬間、白蛇は空気中に消えて、再び現れた時にはカスミの間合いの中にいた。そして、手際よく髪留めを口にくわえると、元の位置に宙を泳いで戻っていった。


 動揺した素振りを見せないようにしながら、「でも、蔭蔓カゲルはどうするのさ。2人の間にはまだ霊的な大きさに差があり過ぎる。それ解決しないと結局蔭蔓カゲルは吸収されるのよ?」と尋ねた。

  

 だが、言いながら2人の霊的な大きさを同程度にする方法が一つだけあることに気づいてしまった。


カスミ「って、まさか。」


白蛇(そのまさかだシュルル。)


 白蛇が笑ったのがカスミにもわかった。


白蛇(おいらは蔭蔓カゲルと魔力の性質が近いんだ。蔭蔓カゲルと同じく日陰蔓ヒカゲノカズラを使えることが原因かもなぁ。その分融合するのも早いだろう。)


 そう言い残して、蛇は髪留めをくわえたまま近くのウツボカズラに飛び込んだ。


 蛇の恩返しか・・・。これを無駄にしたら祟られても文句言えないわね。


 カスミは急いで反応の制御に取り掛かった。蔭蔓カゲルと白蛇の融合が円滑に進むように、管制室からアンプラリアの動作をある程度制御できるかもしれない。


 ??? ??? ??? 蔭蔓カゲル


 夢の中で良かったことは、魔力が切れることも、腕がつかれることもなかったことだ。だが、それは相手のウツボカズラも同じのようだ。


 既に、払いきれないほどの管が、茂蔓シゲル蔭蔓カゲルを接続している。管が呼吸するかのように半径の方向に伸縮を繰り返し、そのたびに気力を吸い上げられていく。


茂蔓シゲル「そろそろ、限界だな。」


蔭蔓カゲル「おいっ、あきらめてもらっちゃ困る。記憶だけになるなんて御免だからな。」


茂蔓シゲル「僕とて君の黒歴史を思い出さなくてはならないなんてまっぴらだよ。」


 すると、少しだけ効果があったのか、管が数本蒸発して消えた。状況は少し改善したのだ。その直後に、それより多くの管が二人を接続したことに目をつむればの話だが。


 ののしりあいながらそれでもあきらめずに、二人は手を動かした。ただ、互いに言葉にはしなかったものの、そこはかとない絶望感が漂っている。


蔭蔓カゲル「顔まで、管が生え始めたぞ。やっぱり、覚悟はした方がいいかもしれないな。」


 鼻に生え始めた管を蔭蔓カゲルは斬り落とした。


茂蔓シゲル「弱音を吐けば、恐らくアンプラリアは力を増す。君の方がきつい負荷を受けているのはわかっているが、抵抗するんだ。」


蔭蔓カゲル「そろそろ限界とか言っていたのはどこのどいつだ。お前こそ手を動かせ手を。」


 いつしか、ののしりあいが励ましあいのようになっていた。そして、いよいよ全身が管で覆われ始め、手を動かすのも難しくなってきたころ、空から一筋の光がさした。


 光の正体は白蛇だった。


蔭蔓カゲル~~!」


 白蛇は空から蔭蔓カゲルの元へ舞い降りた。


蔭蔓カゲルハクか、ハクなのか。何で来たんだよっ!」


ハク(あたりめぇだろ、助けに来てやったんだ。蛇の手も借りたい今日この頃ってな?)


蔭蔓カゲル「ここに来ることがどういうことかわかっているのか。」


 案の定、ハク蔭蔓カゲルは管で結ばれ始めた。


ハク「よく聞け。蔭蔓カゲル。お前の魂は、まだ、茂蔓シゲルの程大きく成長していない。だから、おいらとお前で先に融合して、茂蔓シゲルに拮抗するんだ。」


蔭蔓カゲル「いきなり来て随分、滅茶苦茶言うじゃないかっ!」

 滅茶苦茶とは言ったものの、自分が生き残れるかもしれないという希望は計り知れない勇気を与えた。


ハク「でも、此れしかない。融合する時、反動が来るかもしれん。茂蔓シゲル、お前はこれを持って反動に耐えろ。」


 そういって、ハク茂蔓シゲルに、髪留めを渡した。


茂蔓シゲル「これはカスミのか。」


ハク「そうだ。大切な人との記憶は、お前に強い自意識を与えるだろう。それを持って、カスミ紅羽クレハとの思い出を強く意識しろ。」


茂蔓シゲル「ああ。紛れもなく、2人は俺の・・・。」


 茂蔓シゲルも髪留めを握りしめると、アンプラリアが危機感を示したのか、管の生える速度が急激に上昇し始めた。


ハク「覚悟はできたか?」


蔭蔓カゲル「俺と融合してしまったら、お前、八岐大蛇やまたのおろちに戻れないんじゃないのか?」


ハク「まぁ、な、だけどそいつをいまいってもおせぇだろ?これで、おいらもお前も助かるぞ。それとも、あるまじ木忌なんてタタリガミと融合するなんてのはごめんかい?」


蔭蔓カゲル「まぁ、隣のうるさいやつより、なんと那由他なゆた倍はいい。」


茂蔓シゲル「僕とて君なんてお断りなんだよ。というかいくら何でも倍率酷ひどすぎるだろっ!!」


ハク「なぁ~ら決まりだっ!!」


 そうして、ハク蔭蔓カゲルの間に生える管を無視しながら、ハク茂蔓シゲル蔭蔓カゲル茂蔓シゲルの間に生じる管だけを除去し続けた。そのうち、ハク蔭蔓カゲルは赤い管でつつまれて、動けなくなった。


 一人と一匹は融合した。

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