1章71話『実験開始』
??? ??? 雪の積もった杉の森林にて 蔭蔓
身体はないが意識だけがあった。脳は融けたが、夢を見ている。気づけば蔭蔓は雪で白く染まった杉の森林を一人歩いていた。
そういえば、いつの間にか身体がある。・・・夢の中だからか・・・。
やがて、行く先に黒い影をみつけた。近づくとそれは人で誰かはすぐにわかった。自身の半身、茂蔓だ。
茂蔓「来たようだね。」
蔭蔓「茂蔓か。話せるなんて便利な夢だな。」
茂蔓「早速だが、足元を見ろ。」
下を向くといつのまにか、お互いの足から朱殷の管が生え、2人が根を通じてつながっている。
蔭蔓「これが融合現象か。」
茂蔓「ああ、これを僕らは止めなければならない。」
蔭蔓「融合すれば、お前の人格が強く残るはずだ。どうして止めようとする。」
茂蔓「そもそも、君と融合なんてしたくないからさ。」
蔭蔓「それは俺も同じだ。で、他には?」
茂蔓「蔭人としての君が惜しいからだ。」
蔭蔓「どうして。」
すると茂蔓は手先に黒い日陰蔓を生やし、黒い大鎌を手にした。
茂蔓「僕は、霞と研究所を逃亡した後、訳あってこの死神の力を手に入れる試練を受けた。それを乗り越えてこの大鎌の力を手にし、とある組織で頭角を現した。」
蔭蔓「死神の力、組織だと?」
茂蔓「文字通りさ。この鎌は傷つけたものが生命なら、その生命活動を停止させる。まぁ、あるまじ木忌などが相手なら話は別だが。」
蔭蔓「随分物騒だな。で、組織のほうは?」
茂蔓「名前は蔭妖寮。この研究施設を所有している組織だよ。」
蔭蔓「なるほどアンプラリアの後ろ盾か・・・。で、それがどうした。」
茂蔓「その様子だと、記憶が戻ったようだね。」
蔭蔓「ああ。大抵のことは追いついているつもりだ。」
茂蔓「なら、蔭人が蘇る条件は言えるかい?」
蔭蔓「それは知らない。」
茂蔓「蘇るのは、魔法の植物である草蔭がその草蔭を用いる蔭人の死を認識した場合に限る。つまり、蔭人が死ぬとき、同じ世界にその蔭人の用いる草蔭が一本たりとも生きている状態で存在していなければ、蔭人は完全に消滅する。だが、お前の草蔭は。」
蔭蔓「なるほど。消滅しても、一定時間後に再生する。頭数さえあれば、一本も生えていないという状況に陥ることはまずないということか。」
魔法の植物である草蔭とは、蔭蔓で言うところの日陰蔓や鱗木だろう。蔭人が蘇るのは蔭人固有の能力だと思い込んでいたが、どうやら草蔭との相互作用のようだ。
茂蔓「その通り。再帰羊歯の蔭人は滅多のことでは滅ばないし滅べない。」
蔭蔓「それが惜しいってことは、大鎌を手にしたあと、お前は以前、生み出せていたはずの日陰蔓や鱗木を生み出せなくなったわけだ。」
茂蔓「残念ながらな。大鎌は、まず、既存の草蔭を黒色化した新たな草蔭を創り出し、蔭人の能力を上書きする。だが、黒色化した草蔭は元の性質を継承するとはかぎらない。僕場合は、命じれば跡形もなく消える性質を持つだけのようだ。草蔭として生き残る力は、君のもののほうがはるかに高い。そして、」
その続きが予想できたので、蔭蔓は口をはさんだ。
蔭蔓「しかも、お前が再生するのに、俺が生み出した植物を利用できると・・・。」
茂蔓「ああ。」
蔭蔓「なるほど、理由は分かった。俺が吸収されれば新たな不死身の羊歯を生やす人間がいなくなってしまうからな。例えば、別の世界に行ったとき、格段に生き残りにくくなってしまう。」
茂蔓「そのぐらいの理解で十分だろう。」
下を向くと、先程より二人を繋ぐ朱殷の管が太くなっている。
蔭蔓「大鎌でこいつを伐ったらどうなる?」
茂蔓「やってはみたが・・・。」
試しに、茂蔓が大鎌で切り刻むとすぐさま別の管が生えてきて二人をつないだ。
茂蔓「この通りだ。」
蔭蔓「あっ、でも前より細くなっていると思う。」
茂蔓「確かに・・・言われてみればそうだな。なら二日間だ。二日間このまま耐えきれば引き裂きの呪いは消えてなくなる。それまでの間、融合しないよう伐り続ければいい。」
そういって茂蔓は再び管を伐り割いた。
蔭蔓「でも、この精神世界の時間が外の時間と一致しているとは限らないだろ。」
茂蔓「そんな悠長なことを言っている場合じゃないだろ。君も手を動かせ。管の付け根に植物を生やしたら管ごと除去できるんじゃないのか?」
蔭蔓「それもそうだな・・・。」
言われた通りやってみると、上手く行った。
蔭蔓「やれやれ。この地味な作業を繰り返えさないといけないのか・・・。けど、俺にもお前にも限界の速さがあるだろう。」
茂蔓「そうだな。自動化できればいいが・・・。」
そのあと、色々案を出し合って、火を起こして燃やすことなどを試みたが、それらは上手く行かなかった。管を破壊するには魔法を用いた方法を取る必要があるらしい。
一方、徐々に徐々に管の生えるスピードは速くなってきていた。2人は時折ののしりあいながらも、一心不乱に次々と身体から生えてくる管を伐り続けた。
1月2日 0:37 草蔭N.アンプラリア実験場にて 霞
サラセニアの性能は中々に高く、融合現象の状態をリアルタイムで知ることができた。霞は眠気止めで夜通し、作業に徹していた。
すると、サラセニアから実験場の草蔭アンプラリアの状態変化がモニターされた。
『ベントリコーサ様 一件の通知がございます。
草蔭 N.アンプラリア アンプラリア実験場株 に
成長中の 葉 が 2本 確認されました。
先端部 は 現在 人体 に 分化中です。』
草蔭N.アンプラリアの葉の先端部は通常は心身融合炉として機能する捕食袋に分化するが、融合炉が機能している場合は、融合された心身に、つまり、合成された生体に分化する。
つまり、先端が人体に分化中の新芽が2本成長しているということは、茂蔓と蔭蔓が上手く融合しないで人体として再生されていることを表している。
眠くて、視界が既にぼやけていたが、それが急に明るくなった。この調子だ。頑張れ2人とも。
元日 昼頃 繋木邸にて 将器
昨日まで蔭蔓を探し続けたがやはり発見できなかった。今日は元日なので部屋でぼーっと蔭蔓のことを考えていた。
あずさ「将器っ!」
突然、あずさは襖をあけて男子部屋に入った。着替え中だったらどうするつもりだったのだろうか。
将器「おっ、どうした?」
あずさ「繋木さんが明後日、封印木棺に向かうから同行してほしいそうよ。」
随分、急だな。
あずさが「神那も来てよ。」招くと、待っていたかのように神那が入ってきた。
将器「それよりも、蔭蔓だ。」
あずさ「ほんと、嫉妬したくなっちゃうぐらい蔭蔓が好きね。」
将器「そういうことじゃねぇよ。ん?や、そういうことだけどさ。」
ちょっと、機嫌悪めに返した。
あずさは賢いし、容量も良いし、蔭蔓の捜索もあきらめていないことは雰囲気でわかる。けれど、もう少し切り替えが悪いときの自分を許してほしいくなるときもある。
神那「私も、できる限り蔭蔓を探そうと思う。もしみんなが別世界というのに行ってしまっても・・・。あの・・・私、ここにいて大丈夫?」
あずさ「このくらい昔からよ。将器ったらすぐ拗ねるのだもの。」
将器「別に拗ねてなんか・・・。」
あずさ「ほら拗ねている。」
将器「ああっ。」
神那「仲が良いのね。」
神那が笑うので、恥ずかしくなって赤くなった。
あずさ「あいつもほんと罪作りよね。そのうち、ひょっこり帰ってきたりしないかしら。」
そういえば、まだあずさがなぜ神那も呼んだのか訊いていなかった。
将器「とりあえず、3人で旅支度の相談をしようかと?」
あずさ「いいえ。あなたのいる前で神那に教えておこうと思ったの。私が、蛇人だってことね。」
神那「じゃ、じゃにん?」
突然の告白に神那は困惑していた。