1章69話『心身融合炉』
??? ??? ??? 蔭蔓
白(なんか、元気ねぇな・・・。どうした?)
(ちょっとね・・・。苦いことを思い出しちゃってさ。)
白(ほう。ちょっと見せてみろ・・・。)
そういうと、白は皮膚に突進し、頭の先から蔭蔓の皮膚に溶け込んで身体の中に消えた。
(なにするんだよっ!)
暫らくすると、白は首の後ろ辺りからひょっこり出てきた。
白(おいら、人によってはこうやって、思考とか記憶を覗けるんだよ。)
(じゃあ、全部見たのか。)
白(ああ。わりぃな。ここまで胸糞悪いたぁ思わなくてよ。)
(もういい。ちょっと休ませてくれ。)
蔭蔓はその場で伏せた。それから、丸一日は何も食べずに寝ていたと思う。
??? ??? ??? 蔭蔓
すべてを思い出してしまってから、さらに気が遠くなるほど時間がたった。その間、頭の中であの悍ましい記憶が何度も再生されていた。繰り返すたびに、他の記憶も思い出し、恐らく自分がいま監禁されている部屋は当時の子供部屋だと気づいた。
暗い子供部屋の中で長い時間をかけて、今度は逃げまいと心に誓った。霞や黒ローブと向き合おうと誓った。
そして、それからさらに長い時間が経ったとき、重いドアは開いた。目の前に現れたのは、霞だった。
霞「移動してもらう。」
おや、実験だろうか。
蔭蔓は立ち上がると、霞に向かってほほ笑んだ。
蔭蔓「そういえば、思い出したよ。全部。」
過去と向き合う、覚悟はできている!
霞「えっ・・・!」
霞は切れ長な目を丸くして蔭蔓を凝視した。
蔭蔓「紅羽を助けに行こう。3人、今は4人の約束を果たすためにさ。」
恐らく、研究所に監禁されていた蔭蔓、霞、紅羽が身体に致命傷を与える実験に何度となく繰り返し耐えられたのは3人とも蔭人だからだ。要は、何度も死んで何度も蘇っていたわけだ。
しかし、それを幼い蔭蔓も霞も知らなかった。あの時、茂蔓と霞は紅羽に再会せずに、紅羽は死んだと思い込んで逃げたに違いない。そうでなかったとしても、紅羽は今、2人の手に届かない場所にいるのではないか?いずれにせよ、紅羽を探すべきなのだ。
すると、霞は下を向いたまま、うなりだした。泣いている。そして、そのまま蔭蔓にもたれかかってきた。蔭蔓はそれを逃げずに受け止めた。
霞「久しぶり・・・。ごめん・・・・・・騙していてごめん。黙っていてごめん。ずっと・・・、ごめんね。」
蔭蔓「まぁでもさ、茂蔓はいてくれたんだろ?」
霞「・・・・・・紅姉は10年前の事件以来行方不明なの。全員そろわないとだめなのよ。もちろん蔭蔓、あなたもね。」
最後の一言に、救われたような気分になった。自分の存在自体が2人から恨まれているのではないかと思っていたのだ。
霞はそれ以後何も言わず、額を蔭蔓に落としたまま泣いている。珍しく優しい気持ちになって、霞の頭を軽くなでた。それでやっと気づいたのだが、彼女の髪留めは紅羽のお化け松葉を模したものだった。きっと、ずっと会いたくて、今も会いたくて仕方ないのだろう。
僕が、霞を紅羽に会わせてやろう。そうして、あのときの約束を守るんだ。
霞「ついてきて。知ってもらわなくちゃいけないものがあるの。」
しばらくしてそういうと、霞は元に戻り着崩れした浴衣を治し始めた。
蔭蔓「引き裂きの実。こいつが、今も俺たちのからだを蝕んでいる。そんなところか。」
霞「ええ。茂蔓もあんたも限界よ。でも一応、止める方法はあるの。」
蔭蔓「この魔法封じのリングで、アンプラリアの効力も抑えられないの?」
霞「それも、もうじき限界だと思う。時間がない。急いで。」
霞は走り出し、蔭蔓も後を追った。
??? ??? アンプラリア研究室 蔭蔓
霞「ここが、アンプラリアの研究室。」
霞が案内した先は、数々の電子機械や樹木コンピュータが整然と並び、無数の書類が整頓されている12畳ぐらいの部屋だった。
蔭蔓「そういや、アンプラリアって、食虫植物のウツボカズラの一種、ネペンテス・アンプラリアのことだよね。まさか。」
霞「ええ。アンプラリア博士は草蔭ネペンテス・アンプラリアの蔭人。引き裂きの実の正体は、その種子だよ。これを食べ・・・って、ついてきてる?」
霞の言うこと自体は大方理解できたが、どうしてこの部屋にあのクソジジイがいないかがわからなかった。けれど、今それを訊いている場合ではないようだったので、後にした。
蔭蔓「まぁ。思いだしたからな。確かに、体内のアンプラリアが分裂しようとしているのは感じる。」
霞「茂蔓もそうよ。10年たって状態が変わって来てしまったみたい。」
蔭蔓「で、どうする?」
霞「止める方法は、汚染されて分裂した2つ以上の身体が心身融合炉、つまり、アンプラリアの捕食袋に入るしかないの。けどね、副作用として、身体が融合されてしまう。」
蔭蔓「つまり、茂蔓と融合することになると・・・。」
霞「普通ならそうだけど、蔭蔓は元の蔭蔓のわずかな恐怖心を起源に生まれているから、過去のデータからすると一方的に吸収されるかもしれない。そうしたら、記憶として茂蔓の頭に残るだけかもしれない。」
背後にどういう規則があるのかわからなかったが、とりあえず、急いでいるというので霞の言うことを受け入れることにした。
蔭蔓「それは困るな。どちらにしても路はないというわけか・・・。」
しかし、吸収されてしまうとしても、記憶だけになってしまうとしても、蔭蔓が生きる道があるのなら、霞と紅羽との約束を守るために、蔭蔓が取るべき行動は決まっている。
霞「本当は、気絶させて実行してしまう手はずだったの。でも、できなかった。ごめん。どうしようもないことばかり言って。せめて、蔭蔓の選択を受け入れるから、選んでちょうだい。魔法封じのリングを大量に身に付ければ、もう数年は生きながらえられるかもしれない。」
霞の頬に涙が一粒走った。
蔭蔓「霞、聞いてほしいんだけどさ。」
霞は頷いた。
蔭蔓「僕は、逃げ出した男だ。あの時、君すら置き去りにしてね。」
霞「・・・それは違うわ。それは仕方がなかった。あなたは、元の蔭蔓の恐怖心そのものだったのよ。」
蔭蔓「あぁ、だから、僕はとても不名誉な存在として誕生した。さしずめ、逃げただけのやつ。」
霞「違う、それは違うから・・・。」
蔭蔓「でも今回は逃げない。だから、捕食袋の中に入るよ。なにより、蔭蔓として、3人の約束を守るためにね。」
霞「・・・・・・。」
蔭蔓「そのうえで、融合現象を退けられる可能性はないの?仕組みはわからないけど、今まで10年間、分裂現象には耐えて来られたわけだしさ。」
霞「茂蔓と蔭蔓、2人の霊体が同程度の大きさという前提付きなんだけど、2人が融合炉の中で融合することを拒み続ければ可能性はある。」
蔭蔓「ちなみに、その霊体というのの2人の大きさは同じぐらいなの?」
霞「蔭蔓の起源が、元の蔭蔓の一瞬の気の迷いだったことを考えると、もとは茂蔓の方が大きいわ。けど、生活するうちに霊体は大きくなるし、最大値としては2人とも同じ大きさを持っているはず。」
蔭蔓「そうか・・・。まぁわかった。とにかく、拒み続ければいいんだね。」
霞「私もできる限りのことはする。」
蔭蔓「まぁどうせやるんだし、もう行こう。あっ、でもその前に一つ・・・。」
霞「ん、どうしたの?」
蔭蔓は、霞に向き直った。
蔭蔓「今まで、10年も僕の半身を支えてくれてありがとう、10年たっても僕を生かすことをあきらめないでくれてありがとう。10年たっても約束を追い続けてくれてありがとう。でも、ここからだから。」
霞「ちょっと!」
霞は薄っすら赤くなって下を向いた。
霞「そんな格好つけ、上手く行ってからいいなよ。」
蔭蔓「まぁ、成功する可能性は低いんだろうし、先に言っておくよ。でもこれが紛れもない、蔭蔓の半身としての蔭蔓からの霞への気持ちだから。」
霞「・・・わかった。でもそこまで言うのなら、帰ってこないと許さない。」
蔭蔓「まぁ、帰ってきたら同じことまた言ってやるよ。」
霞「そうね、あと一回くらいなら聞いてあげてもいいわ。」
2人は互い「フンッ。」と笑った。そして、実験場に移動した。