1章67話 蔭蔓《カゲル》の過去編~『研究所脱出計画』
ある日、紅羽が帰ってきたことだ。丁度、霞と空いた缶詰おかゆの缶で積み木をしていたところだ。
紅羽「羊羹もらったわ!」
蔭蔓「やったー!」
霞「丸々一本、すごいっ!!」
霞が立ち上がったとき、積み木の塔が倒壊した。
蔭蔓「あー、せっかく高くなっていたのに・・・。」
霞「脚に当たるところに作るからいけないのよ。」
蔭蔓「そもそも、ここに作り始めたの霞だよね・・・。」
霞「もう片付けるから壊したの。」
蔭蔓「あーっ、それ、いま片付けることにしたでしょ。」
紅羽「はいはい2人とも、それじゃ羊羹食べたら、みんな芋虫ごっこしよー!」
「わかった!」
紅羽は羊羹を包装しているビニルを手際よく缶の端で斬って、一人分出しては、缶の蓋で器用に切って二人に分けた。
蔭蔓「久しぶりだな。最近飴ばっかりだったんだよ。」
霞「えー?私は羊羹一人分もらっていたけれど?頼めばくれたりするよ?」
蔭蔓「え、そうなの?僕はあいつと話したくもないよ。」
霞「とりあえずもらっとけばいいのに・・・。」
紅羽「霞は羊羹好きね!」
霞「だって、紅姉がここに来た最初の日にくれたんだもん!」
霞がそういうと、紅羽は霞の後ろに回った。すると、「覚えていてくれてありがとう。私も、霞のこと大好きよ。」といって、霞を抱きしめた。
霞は赤面してもじもじしながらうずくまった。蔭蔓が、妬ましくて霞を睨みつけると、「もちろん、蔭蔓も大好きよ!」と紅羽は笑顔で付け足した。
見た目は皆同じ年だったが、紅羽は2人のお姉さんだった。
結局お腹がすいて芋虫ごっこはせずに、3人は流れで夜ごはんを食べた。
蔭蔓「まだ眠くはないけど、もう眠ってしまおうか。」
紅羽「ねぇ眠る前に、布団被って蓑虫ごっこしない?」
芋虫に蓑虫・・・。
蔭蔓「いいけど・・・今日は幼虫ごっこ好きだね、紅姉。」
紅羽「ちょっとね・・・こんど幼虫の移植実験をするっていわれたから・・・。」
えっ、流石に嘘だよね?
霞と蔭蔓は直ぐにそれぞれの布団に入ったが、紅羽は半年前からある銀色の飴玉の入れ物を枕で隠して手洗いから持ってきた。ようやく、紅羽も布団に入り、蓑虫ごっこが開始した。
すると紅羽は布団の中で入れ物を開け、中から大量の展開された肉菜ブロックのパックの画用紙と鉛筆を取り出した。霞や蔭蔓が声を出そうとすると、静かにと人差し指を立ててジェスチャーし二人に喋らせなかった。
部屋は暗いので、蔭蔓も霞も布団ごと紅羽の元へ移動した。いつもの蓑虫ごっこは、できるだけ布団をしっかり巻き付けてくるまりながらミノムシの気持ちになって話すという謎ゲームだったが、紅羽が筆談し始めたのはミノムシの気持ではなかった。
紅羽「いい、今から見せることは絶対に誰にも話しちゃだめよ。」
そういうと、紅羽は一つの冊子を着物の中から取り出した。
蔭蔓「それは何?」
と尋ねると、やはり「しーっ。」というジェスチャーをされたので、蔭蔓は慌てて口を閉じた。返事をする代わりに紅羽は紙に鉛筆で書いた。
紅羽 “研究所の地図”
霞が気を利かせて、画用紙を3人に均等に配った。
紅羽 “これがあれば、研究所を抜け出せるわ。”
すると、霞が別の鉛筆を取って書いた。
霞 “3人だけでそんなことできるかな・・・。”
紅羽 “でも、このままじゃいけないわ。”
蔭蔓もすかさず、鉛筆を取った。
蔭蔓“ぼくは、さん成。あぶないかもしれないけど。”
これ以上、研究に使われるのは限界だったのだ。
紅羽“2人が不安なのはよくわかるわ。だから、すぐに飛び出さないで時間をかけて作戦をたてましょう”
霞 “・・・やっぱり、わたしも、ここにいたいくない。紅姉についていきたい。”
蔭蔓“おとなしくしていても、実けん動物になるだけだしね。”
紅羽 “きっと、3人で外の世界に住んで、楽しく暮らしましょう。”
3人は頷いて、ゆびきりげんまんをした。
こうして、3人の研究所脱出計画が始動した。作戦について話し合うときは常に画用紙の裏に筆談した。ゴミは、予めこちらでまとめておくと喜ばれたので、ゴミの中に著しく肉菜ブロックの画用紙が少ないことを隠すのは造作もなかった。
———子どもだからと言って舐めてもらっては困る。———
外まで障害なく抜け出せる日を、研究者に質問することなしに見極めながら、脱出に必要なものをそろえていくという方針だった。
脱出する日は、外で実験がある日を集中的に分析することで決定できたが、必要なものをそろえるというのが存外難しい。実験に協力しても、お菓子しかもらえないからだ。しかし、手段は不明だったが、紅羽はしばしば物をもらって帰ってきた。
始めは、カレンダー、追加の鉛筆、追加の消しゴム等々・・・。
そのうち、魔法封じのリングを外す鍵、巡回警備員の予定表など、エスカレートし始めた。
蔭蔓 “どうやって集めているの”
と尋ねても、紅羽は”それはヒミツ”の一点張り。けれど、霞も蔭蔓も紅羽のことを信頼しきっていたのでそれ以上尋ねることはしなかった。
そしてついに、紅羽は計画実行の数日前、最後のピースであるナイフを2本、拳銃を一丁、手に入れてきた。紅羽がどうして拳銃を使うことができるのかも蔭蔓や霞にはわからなかった。
ともあれ、実に200日以上の歳月をかけて、研究所脱出計画を実行にまで運んだのだった。
AF5B年12月31日 夜 子供部屋にて 霞
今日は前夜祭だ。一定期間ごとに補充されるため足りなくならないように倹約して食べていた食料も、布団に隠れて食べたい放題食べられる。
食料はもって行かない。研究所のものを必要以上に持ち出せば、それが原因となって見つかる可能性もあるため、すべて置いていくことにしたからだ。今のうちに食べない手はない。
缶詰おかゆ、肉菜ブロックもさることながら、お菓子があるだけ食べ放題というのが一番うれしい。霞は初め羊羹ばかり食べていたが、隣の蔭蔓が金平糖をほおばるのを見ていたら、金平糖が欲しくなった。
霞「金平糖っていろんな色があって素敵ね。」
蔭蔓「味は一緒だけどね。」
霞「蔭蔓に言ってないし。」
紅羽「そうね。宝石みたいね。」
霞「宝石?」
紅羽「あら、知らないか。えっとね、外の世界には光る貴重な石があるの。」
霞「へぇー。」
紅羽「緑色の石は、翡翠やエメラルド。赤の石はガーネット。青の石にはサファイア。橙色の石には琥珀。」
霞「じゃあ、白い石は?」
白の金平糖を手に取って霞は言った。
紅羽「そうねぇ。水晶とかダイヤモンドかな。」
蔭蔓「二つあるのは何が違うの?」
紅羽「うーん、翡翠とエメラルドはよくわからないけど、ダイヤモンドは水晶よりずっと硬いの。世界で一番硬い石だって。」
蔭蔓「それって、ここの壁よりも硬いの?」
紅羽「ずっと硬いと思う。」
霞「ふーん。世界で一番硬い石か。」
そうつぶやいて、霞は白い金平糖を口に入れた。