1章66話 蔭蔓《カゲル》の過去編~『アンプラリア博士』
??? ??? ??? 蔭蔓
監禁生活の主食は、缶詰おかゆ(チャーハン風味)だった。これに肉菜ブロックという直方体のビタミン、タンパク質補給用クッキー、若干の金平糖と砂糖味の羊羹で食事は構成された。
霞は前回以来、顔を出すことはなく、一食事や水が補給されなかったらどうしようという強迫感情に食べるたびに襲われ続けた。白が居なかったらとっくの昔にキていただろう。
あっ、でも水は最悪トイレの水飲めばいいか。
それにしても、缶詰おかゆ、肉菜ブロック、羊羹ともにそこはかとなくなつかしいのはなぜだろう。
食糧庫が開かれてから、恐らく3日目経ったぐらいに、段ボールを全て開封して食料で積み木をすることにした。何かしていないと倒れてしまいそうだった。
その際、缶詰おかゆの段ボールの底に食料の入っていない、手で抱えるほどの大きさのやや古い金属の箱を見つけた。おそらく金平糖が元は入っていた箱だ。子供が宝箱か何かにしていたのか、包装をはがした跡があり、鉛筆で無理やり表面に落書きをしたり、ひっかいた跡もある。
「これは・・・。」
不意に、頭に強烈な刺激を感じて、急いで手洗いの照明の届く位置に箱を持って移動した。蓋を開封すると、中には肉菜ブロックの紙箱の長い一辺を一か所切って展開したもの、古くて人差し指の爪ぐらいの長さしかない鉛筆、同程度の大きさの消しゴム等が入っている。そして、『草蔭図録』という絵と植物の名前、及び簡単な解説が羅列されているだけの本もある。
「・・・これは・・・。」
白(ん、どうしたん?)
昼?寝で寝ぼけた白を無視して、蔭蔓は展開された肉菜ブロックの箱を一つ手に取った。
賞味期限は、AF5C.04.02。今から約10年弱前・・・。
夢中になって裏返すと、へたくそな字で日誌の様なものが書いてある。ひらがなもカタカナも混じっていて、羊羹という語だけ漢字表記だったりしている。
「きょうは、 クれは ねえさんが、羊羹をもらってきてくれて、かすみもいっしょに3ニんでたべた。」
日記ですかね。クれは ねえさん?
その言葉は、蔭蔓の記憶の奥底を刺激した。
紅羽姉さん。・・・凰柳 紅羽・・・。
———あ、思い出した———
———これを書いたの、俺だ———
そのメモがきっかけになって芋づる式に蔭蔓は過去の出来事を思い出した。いや、思い出してしまった。
禍々しく悲惨な、その記憶を。
約10年前 昼間 クルカロス北端植物魔法研究所にて 蔭蔓
今から10年以上前の話だ。
蔭蔓は監禁されて個室の中にいた。しかし、一人でではない。子供部屋には他に2人の子供がいて、3人ともボロボロの麻を着ている。他の2人は蔭蔓と同じぐらいの年齢の女子。散髪なんてまともにされているはずもなく、髪の毛は長くてぼさぼさしており、顔も隠れてしまいそうだ。
紅い髪の少女は凰柳 紅羽。彼女は紅色のお化け松葉の魔法使いだ。
彼女はいつも、『草蔭図録』という図鑑持っている。実験に協力したお礼として研究所の研究員が彼女にプレゼントしたそうだ。その図鑑に載っていた自分の植物の説明欄を見ながら、彼女は自分の氏名を自分でつけたらしい。ちなみに、研究者は彼女を『RPN-001』と呼ぶ。
銀髪に、藤紫の瞳の少女は白芦原 霞。紅羽姉さんを取り合う、蔭蔓のライバルである。彼女は蘆木の魔法使いで、彼女の名前は紅羽が付けた。研究者からは『CA001』と呼ばれている。
そして、墨色の髪に墨色の瞳の少年は日影 蔭蔓。(使える人間が周囲に一人しかいないので)言わずと知れた最強の鱗木と日陰蔓の魔法使いだ。名前は紅羽に付けてもらったが、苗字は自分でつけてみた。素体番号は『LR-LC-001』。
3人がこの個室で一緒になってからは久しい。こうなる前は、蔭蔓は別の部屋で10数人の子供たちと一緒に今より少し小さい部屋で飼育されていたが、実験されるうちに一人二人といなくなり、ついに、蔭蔓一人になってしまった。それから、研究者に連れ出されて、紅羽と霞とともに今の部屋で過ごすようになったのだ。
3人とも研究に時々連れていかれた。紅羽は大抵、その日のうちに帰ってくるが、霞は一度呼び出されると、5日以上戻ってこなかった。他の2人によれば、蔭蔓も霞ほどではないが大体3日は戻ってこないらしい。それでも、3人のうち誰もいなくなったりしなかった。
それで十分だった。
10年ほど前 ??? クルカロス北端植物魔法研究所にて 蔭蔓
今日も蔭蔓は研究員に案内されて、博士の実験室に連れていかれた。
博士は、フードのついた白衣をまとっており、その下に黒いズボンをはいているようだった。頭部や顔は白髪がフードから若干見え隠れすること以外、のっぺらぼうの白い面をしているため何もわからない。
博士「それでは、横になってくれたまえ。」
蔭蔓「嫌だ!絶対に嫌だ!」
博士「君もなかなか頑固だ。」
博士が樹木コンピュータに手をかざすと、ベッドから、数々の樹木や蔓が生えてきて、蔭蔓を捕らえ、ベッドに拘束した。
蔭蔓「黙れっ!」
博士「さて、本日の実験は、LR-LC-001においての、草蔭移植実験だ。」
アンプラリア博士や研究員の言っていることは難しくて理解できなかったが、痛いことをされるのは間違いなかったので、なおベッドから逃れようとして暴れた。
そうこうしているうちに、ベッドから太い葉の無い蔓が飛び出し、先端がドリルになって、蔭蔓の足に穴をあけ始めた。
蔭蔓「痛い、イタァーイ、痛いよ――。助けてぇ、助けてぇ。」
博士「気分を紛らわせるために、今日の実験の話をしよう。今日の実験は、君の臓器に穴をあけて、そこに別の草蔭繊維を移植する。これは通常成功しないが、二種類の草蔭を操ることのできる君ならできるかもしれない。是非とも頑張ってくれ。」
博士は、明るい調子実験内容を説明した。興味はなく、ただ痛いだけだ。
蔭蔓「・・・・・・。」
穴をあけ終わると、ベッドから今度は先端が手になっている別の蔓が生えてきて、研究員が持っていた黒っぽい赤色の植物を蔭蔓に植えた。さらに、白いゼリーのようなものが流し込まれた。すると、痛みが消えた。
残念ながら、操作は1回では終わらなかった。1回操作されるたびに、意識はだんだん遠のいていった。そして、15か所目の穴をあけられたぐらいの時に、ついに何も見えなくなって聞こえなくなった。
しばらくして気づくと、ベッドの上に再びいた。いつの間にか服を着せられ、傷も治っている。
博士「目が覚めたかい。今回の実験はこれで終了だ。協力してくれてありがとう。どうやら、移植が原因で、かえって草蔭に対して免疫ができてしまったようだ。じつに、実に面白い!!」
人を植木鉢みたいに。
殴ってやりたかったが、力が入らなくて気も起きなかった。蔭蔓が無抵抗なのを見ると、研究者らは拘束を解き、「あけた穴は治しておいたから、心配しなくても大丈夫だ。ほらっ、お礼の飴だよ。部屋で他のサンプルにあげてもいいし、今ここで食べてもいい。受け取ってくれたまえ。」と博士は続けた。
ベッドから新たに生えた蔓が、研究者の手から飴玉を掴むと、蔭蔓の元へ持ち運んだ。蔭蔓は素早くそれをむしり取り、封を切って無性に口の中に入れ込んだ。
実験は痛いし苦しいけれど、終わったら最後、飴、金平糖やいいときは羊羹をもらえる。
お菓子については、3人のルールがある。自分の分しかもらえなかったときは自分で食べて、それよりたくさんもらえたときは3人で分ける。
博士「それでは、君、彼を戻してあげたまえ。」
研究員「承知いたしました。アンプラリア博士。」
蔭蔓は今日にいたるまで、実に様々な実験に協力させられた。まず、草蔭という魔法の植物を移植する実験に、魔法使い間臓器移植実験や血液交換実験等々。生きたまま解剖されたこともある。
しかし、大抵の実験で、気を失ったり、言葉にできないほどひどい扱いを受けたりしたが、どの実験でも、最後には必ず身体を元通りに戻された。多分、他の二人もそうなのだろう。
一度いっそ殺してくれと言ったことがあるが、倫理的にいけないといわれた。また、蔭蔓は生命力が強いからちゃんと実験してもちゃんと治療してあげたいんだとか。
僕はこの研究者たちを恨んでいる。