1章65話『動き出す蔭《カゲ》』(今日はここまで)
??? ??? ??? 蔭蔓
目が覚めると、真っ暗な個室のなかに仰向けで縛り付けられていた。枕があったのは唯一の救いで、それ以外は救いがたい状況だった。動かせない頭を動かして、かろうじて辺りを見渡すと、部屋は割と大きく壁は金属製で窓はない。正面には同じく金属製の分厚そうなドアがあり、光はその隙間からかすかに入り込んでくるものだけだ。
こんなところずっといたら、頭が狂うな。まさか、蘇るからと言って、飲食させずに放置するつもりじゃないよな?流石に発狂してしまうぞ・・・。
幸い、口輪はされていなかったので、退屈になったら一人漫才をしていた。それにも飽き、ボーっと天井を眺めていると、
謎の声(なぁ、おい。聞こえるか。)
突如、心の中に何者かが直接しゃべりかけてきた。
(なんだ?)
同じ要領で心の中で応答した。
謎の声(帯の辺りを見ろ。)
(首動かせないんだけど。)
謎の声(仕方ねぇな~。登ってやる。)
そういうと、首筋に湿った嫌な感触を感じた。蛇だ。
蔭蔓「ギャッ!」
蔭蔓は短い悲鳴を上げた。蛇は首をわざわざ後ろから回って正面に姿を現した。灰大蛇より白色の強い白蛇で、翡翠の原石のような眼を持つ、体長30cm程度の幼い個体だ。
(お前が俺に話しかけてたのか。)
白蛇(他になにがいるってんだ。)
(何の用だ?まず、咬むなよ?食られたいかって?なら間に合っている。ちょっと前に、全身蛇に食われたばかりだからな。頼むから、他所を当たってくれよ。)
白蛇(知っているさ。)
(・・・お前、まさか・・・、あの戦闘見ていたのか?)
白蛇(見ていたも何も、お前を食ったのはおいらたちだよ。)
(お前、ひょっとして八岐大蛇か。)
白蛇(まあな。正確にゃぁ、八岐大蛇ってのはおいらたちとは別の個体の名前だけどな。おいらはあの8頭のうちの1頭。霧をつかさどる白蛇様だ。)
蔭蔓は意地悪くにやりとした。
(先日は、よくも食ってくれたな。噛み殺してやる。)
白蛇(おい、そう焦んないでくれよ。おらは食ってない。食ったのは別の5頭だよ。)
(中で消化されたら一緒だろうが。)
白蛇(それがそうもいかなくてな。あのあと、大百足に襲われて、追い返したんだが8匹に引き裂かれちまった。そしたら、妖壊期とやらが終わっちまって、そのまま他の奴らとははぐれちまったし・・・。)
あれ、それって八岐大蛇が大百足に苦戦したっていうこと?伝説よりこの蛇弱いのかな?それとも別の要因があるのかな?
(妖壊期と自分で言うということは、自分が、あるまじ木忌って呼ばれていること知っているのか?)
白蛇(まぁな。)
白蛇はしゃべり続けた。
白蛇(そんでさ、そこら辺をうろついてたら、いつの間にか力も抜けちまって、腹減ったからお前んところまでなんとか這ってったら成り行きでここまで来ちまった。)
(それで腹が減ってまた俺を食べに来たのか。)
白蛇(あぁ、腹は減った。このままだと餓死しちまうだろうな。けどよ、おいらは普段人間なんか食べねぇんだ。)
(じゃあ、何食べるんだよ。)
白蛇(お前の日陰蔓が欲しい。)
(えっ、笑わすなって。確かに、八岐大蛇って、背中に日陰蔓とか杉とか檜が生えているって聞いたことあるけどよ、自分で生やして食えばいいじゃんか。)
白蛇(腹が減って力が入らねぇんだよ。)
(そうなのか。)
白蛇(なぁ、おねがいだよ。日陰蔓くれねぇか。おいら、お前と違って死んだらそれっきりなんだ。)
(俺のこと食べた蛇に食わせる蔓なんてあるわけないだろ、あきらめな。)
白蛇(しゅるるる・・・。)
そういうと、白蛇は目の前ですすり泣き始めた。
(おい、泣くなよ・・・。)
白蛇(だってよ。おいら、右も左もわからねぇ時からガラス瓶の中に閉じ込められてよ。まだ嫁さんももらってねぇのによ。せめて、泣かせてくれよ・・・。)
(お前の身の上話なんて知るかよ・・・。てか、泣く元気あるんじゃん。)
そういうと、白蛇はいっそう大きくシュルシュル音を立てて泣き始めた。涙で、襟が濡れ始めた。
(・・・はぁ、わかったよ。)
白蛇(く、食わせてくれるのか?)
(ああ。一樹の陰も他生の縁ってな。まぁ、他にやることもないし、ちょっと待ってろ。あっ、でももう俺のからだは食うなよ。それは約束してもらう。)
白蛇(あぁ指きった、ねぇけどな。いい奴だなお前。)
(嫌な目にあいすぎて、お前みたいなやつの気持ちがわかるようになっちまった。強いて言うなら、畜生を大切にしろってうるさかった、俺の恩師に感謝するんだな。)
蔭蔓が右手いっぱいに日陰蔓を生やそうとすると、激痛が走ったものの、小さな芽が生えた。
十分だ。そのまま、その芽を成長させ続けた。意識がもうろうとして眩暈で視界がおかしくなる頃には、腕には白蛇より少し大きい、青々とした日陰蔓が一株生えていた。
(ほら食えよ。)
白蛇(恩にきるぜ。お前、なんてんだ。)
そういうと、白蛇は返答を待たずに日陰蔓を丸呑みし始めた。含めるだけ口に入れると、牙を上手に使って、日陰蔓を切り取って食べている。
(日蔭 蔭蔓だ。蔭蔓でいい。で、お前は?)
白蛇(ガラス瓶にいたころ、八岐―スネークジュニアって呼ばれてたな。)
(それは名前とは言わないな。まぁじゃあとりあえず・・・、白ってのはどうかな。)
白(白か。犬じゃねえが、まぁいいぞ。ところで蔭蔓、このあとどうすん?)
(考えてはいるけど、どうこうできる状態ではないだろう?とりあえず、適当に雑談相手になってくれよ。頭がいかれてしまいそうだ。)
白(そりゃお互い様だな。)
(お前、蛇のくせに心があるみたいな喋り方するよな。)
白(馬鹿にするな。おいらはそんじょそこらの蛇とは違う。泣くし、怒るし、お笑いもわかるわ。)
(ほう。じゃあ、さっきの俺の一人漫才どうだった?)
白(ありゃ、出直した方がいいな。)
(ちっ、さっきの蔓で最後ね。)
白(そいつは薄情ってもんだ。)
扉の外から音がして、扉が開き、光が部屋に入った。
(隠れたほうがいい)
と言った頃には、すでに白は懐に入り込んでいて、陰も形もなかった。現れたのは霞だった。
霞「気づいたみたいね。」
蔭蔓「お前の正体にな。」
霞「なんとでもどうぞ。」
そういうと、霞は袖から、金属の輪を取り出して、蔭蔓の両手両足に通した。すると、リングが適度に締まり固定された。そして、霞は縄をほどき始めた。
蔭蔓「おい、いいのかよ。」
霞「いつまでも、縛っておくわけにもいかないでしょうがっ!」
蔭蔓「いや、そういうことじゃなくて。」
霞「そのリングも魔法を抑えるものよ。素手だけで、蘆木の使えるあたしに敵うと思うなら挑んできなさい。」
無理¬¬¬¬¬。
白(おい、挑まないのか?)
(体育会系じゃないの俺。相手魔法使いだし。)
結局、久しぶりに戻った身体の自由を確かめるだけだった。
さらに、霞は長方形のリモコンを取り出し、コマンドを入力した。すると、先ほどまでは何もなかった左端の壁が突然開き、奥に小さな部屋が現れた。
霞「食料庫と手洗いを開放したから。脱出しようとか思わないことね。」
そう言い残して、霞は去ろうとした。
蔭蔓「待てよ。」
霞「何?」
蔭蔓「どうなっているのかいい加減、教えてくれてもいいだろ?」
霞「まだ記憶喪失、治らないの?」
蔭蔓「治ってないけど、というか、なんでそんなことお前が気にする?」
霞「っそ。私の目的はあなたに昨日生えたウツボカズラをすべて取り除くことよ。」
霞は答えるかわりに、別の質問に答えた。
蔭蔓「なんでまた。」
霞「あれが生えたままでは、命に係わるから。」
蔭蔓「どうせ、蘇るのにか?」
霞「蘇ってもなおという意味。」
そう言い残して、霞は部屋を後にした。霞が扉を閉じると、手洗いの照明以外部屋は真っ暗になった。魔法を使ってみると、やはりほとんど使えないが、先程と異なり激痛は走らない。
(ひょっとして、さっき痛い思いして日陰蔓育てた意味なかった?)
白(それは考えたら負けだ。)
(やれやれ。)
蔭蔓はまず、食糧庫をあさり、食料の入った段ボールを見つけ、常温で保管されていることを確認すると、すべて部屋に持ち出した。
白(なにしてんだ?)
(さっきの扉、リモコン操作だっただろ?いつ閉まるとも限らないから取り出しとく。)
白(お前、意外に頭いいな。)
(意外ってなんですか、意外って。)
食料は結構あるが、節約して二週間ぐらいか・・・。
(おい白、なんか食うか?)
白(おいらは、日陰蔓とか以外くっても意味ねぇんだ。)
(でも味覚は発達しているだろ?)
白(おうよ。酒は好物だぜ!)
そういや、八岐大蛇って伝説だと、酔っぱらったところ斬り殺されたんだったな。
(酒はないけどこれでも食べてみな。)
白(なんだいこれ?)
(いいから。)
そういって、蔭蔓は金平糖を一つ白の口に入れた。
白(あ、甘いな。)
(うまい?)
白(もっとくれ!)
(虫歯になるから、これだけにしておけ。)
白(ちぇっ。)
(食べる意味なくても食べるのもいいだろ?)
白(金平糖はたべてやんよ。)
(俺の食料がなくならないといいが・・・。)
ともあれ、意外に退屈しない監禁生活になりそうだ。




