1章63話『三度目の衝突』
??? ??? ??? 蔭蔓
死後の世界というものは存在するのだろうか。前から気になっていたけれど、まさか自分で確かめる機会が来るとは思わなかった。
というか、死んでいるならどうしてこうやって考えていられるのだろう。そういうものなのだろうか。
気がつけば、蔭蔓は岩山の多い草原にいた。草原と言っても、冬だからか一部の常緑種を除いては黄金色の様相を呈している。昼間のようだが、重い雲が敷き詰めていて、夜のように暗い。
鱗木にもたれている自分を見ると、全体に蔓の紋様が規則的に入った白装束を着ており、日陰蔓の布団に包まれている。さらによく見ると、白装束の蔓紋様からところどころ日陰蔓が直接生えている。
何これ、変なの。まぁ、今となっては、どうでもいいけどさ。
草原の向こうから、川の音が聞こえる。
やれやれ、あれが三途の川というやつだろうか。
いや、待てよ。ここ、どこかに似ていないか?
今一度深呼吸した。そうして30分ぐらい、辺りを眺めたり、座って思いついたまま色々なことを考えたりを繰り返した。立つ元気はなかったので最後にもう一度、辺りを目を凝らして見回した。
ここはあの世じゃなくて第七封印の場所だ。しかも、ほとんど俺が食われた場所と同じ場所だ。
蔭蔓「なんだよ。俺、生きているじゃん。」
「そう。君は生きている。」
蔭蔓「誰だっ?」
少し間をおいて、背後から独り言の内容を肯定された。その声は聞きなれたものではないが、一度聞くと二度と忘れられないような、高い割にドスの効いた独特なものだ。
「やぁ、久しぶりだね。元気そうでなによりだよ。」
黒ローブだ。
突然出現した黒ローブは、面もつけておらずフードも被っていなかった。その顔は煤竹色の髪に不気味な輝きを持つ真朱の瞳を持つこと以外は蔭蔓と瓜二つである。
黒ローブ「君を丸3日も待っていた。」
蔭蔓「どういうことだ。俺は、八岐大蛇に・・・。」
その時、『黒百合の少女』が脳裏に過った。
蔭蔓「そうか。そういうことだったのか。」
暗記するほど熟読した、意味不明なあの童話。その意味が新たに分かったのだ。そしてその新しい解釈は、蔭蔓に安堵を通り越して吐き気を抱かせた。
蔭人とは、なんと恐ろしい魔物だろうか。
12月20日? ??? 百足山丘陵にて 蔭蔓
確か、絵本には次のようにあった。
“ その夜、少女は夢を見ました。
彼女は村にいました。
静まり返った夜の村の大地から、彼女の見たことのないものがたくさん現れました。
怪物たちです。
紫色のねとねとに、大きな目や口のついた怪物たちでした。
それらはいびつでしたが、彼女はそれらを美しいと思いました。
しかし、
しばらくすると、頭から細長い管がたくさん生えてきました。
怪物たちは村を襲い、眠っていた人々を口や管で飲み込んで、建物をたいあたりで壊しつくしました。
翌日、朝寝坊して目を覚ますと、彼女はお花畑の中にいました。
どうやら、お花畑で寝てしまっていたようです。
辺りを見回すと、村は夢で見たように壊れていました。彼女以外誰もいません。
もう村にいることはできません。生きていくことがままならないからです。
でもきっと世界は、私の知らない美しいものであふれているのだろう。夢に見た怪物たちのように。
村がなくなったのなら、新たな村に行けばいいのだわ。
少女はそう思って、旅に出ることにしました。“
物語で、少女は黒百合使いになった夜に夢を見る。よく朝起きると、彼女はお花畑の中にいる。多分、お花畑というのは、彼女の黒百合の花畑のことだ。
ここで、絵本には、“どうやら、お花畑で寝てしまっていたようです。”とある。これは、少女が、お花畑の中で目を覚ましたことを知って、勝手に昨日お花畑で寝てしまったのだと思っているだけではないだろうか。だとすると、少女が昨日どこで眠りについたかは不明な情報になる。
そして、蔭蔓は自身の体験と合わせて、次の仮説を得た。
それは、“黒百合の少女は寝ている間に一回死んでいる。”というものだ。
少女が夢で見たあるまじ木忌たちは実際に村に現れて、村人を飲み込んで、建物を破壊した。少女は蔭人だが少女も村人なのだから、多分う自分で夢に見たあるまじ木忌によって殺されたのだ。
現に、蔭蔓もあるまじ木忌の八岐大蛇に食べられたわけなので、十分にあり得る。
その後、彼女は蘇った。黒百合のお花畑に。彼女の植物の咲く園に。
そして、蔭蔓も鱗木と日陰蔓に囲まれて目覚めた。どのくらいの時間が経ったのかはわからないが、黒ローブによれば3日以上ということだろうか。
少女が“どうやら、お花畑で寝てしまっていた”と考えたのは、自分が昨日寝た場所から勝手に移動していることなどありえないと考えて、自分の記憶はどうあれ、昨日寝た場所はお花畑だったに違いないと考えたからではないのか?
あ、つじつまがあう。
もし、今までの解釈通りなら、蔭人とは、ひとたび、天災そのものになる魔獣であるあるまじ木忌を夢に見ると、実際に生み出してしまう、死んでも蘇る怪人ということになる。
これではもはや妖怪の類だ。少なくとも、人間とはかけ離れた存在だ。
ともあれ、事実、蔭蔓が蘇った。そして、「待っていたといったからだ。」と言った黒ローブは蔭蔓が蘇ることを知っていたに違いない。
蔭蔓「お前だな。八岐大蛇をけしかけたのは。」
黒ローブ「当たらずも遠からずってところかな。ただ、直接関与したのは僕じゃない。」
「それはあたしだよ。」
黒ローブの背後から、一人の女性が歩いてきた。霞だった。
霞は白地に藤紫の蘆木柄の着物に同じ紫色の帯を締め、前の開いた冬用の無彩色の全身ローブをはおり、赤色の装飾のついた簪をしていた。
蔭蔓「全部仕組んでいたんだな。」
霞は目を合わせなかった。
蔭蔓「俺を誘拐してどうするつもりだ。」
霞「今は話している場合じゃないの。あとで嫌でも、知ることになるでしょうね。」
黒ローブ「そう。僕らには時間がない。」
黒ローブが蔭蔓に触れようとしたので、手で払った。すると、黒ローブはいつもの黒色の剣を取り出した。しかし、今日は剣ではなく不気味な大鎌の形をしている。
黒ローブ「抵抗すれば、斬り落とす。」
蔭蔓「それが無駄だということは、お前らが一番よく知っているんじゃないのか?」
そういうと、黒ローブは笑った。
黒ローブ「ほう、それも研究成果でわかったのかい?」
蔭蔓「全部喋っていたんだな。」
蔭蔓は霞を睨みつけた。
霞「そうだけど。それが何か。」
さらに霞は「あんたら四人とも、なんだかんだ他人を信じやすすぎなのよ。まぁ、魔法学校の水耕栽培だから仕方ないだろうけど。」と付け足した。
蔭蔓「なんだと。」
イラっと来た。
黒ローブ「黙れよ。お前が、抵抗する限り何度でも斬ってやるからさ。」
黒ローブにお前と初めて呼ばれ、正直怖かった。冷静に考えて、この二人相手では戦っても勝ち目はない。素直に言うことを聞くべきか、それとも、必死にあらがって少しでもこいつらの思惑を邪魔するべきか。最も、後者の場合かなり痛い思いをすることになるわけだが・・・。
だが、結論を出す必要はなかった。