1章61話『陰謀のあるまじ木忌《き》』
12月17日 午前9時半頃 百足山丘陵にて 神那
神那は一ッ葉を子ムカデが生まれてくる体液に試した。すると案の定、一ッ葉が反応し、体液を吸いつくして成長した。相変わらず、腹は破壊できないものの、子ムカデの誕生を止めることができたのだ。
体液に、魔力があるんだ。
将器「あずさ、お手柄だなっ!」
(私もほめてくれてもいいのに。)と、やはりあずさびいきな将器を少しふざけて皮肉った。
しかし、一難去ってまた一難。今度は黄色の液体が切断された腹の中から、あふれてきた。一ッ葉が反応することはなく、どうやら魔法が関わっているものではないようだ。そして、それに触れた途端、繁茂していた一ッ葉はしおれて枯れた。
神那「あら、物理的に溶かしているのかしら。」
将器「でも、戦術の幅が広がっただけでもよかったじゃないか、神那。」
気持ちが通じたのか、将器が神那を励ました。
神那「ええっ!」
霞「ほらっ、油断しないでよ!」
霞はそう言って、神那と将器の周囲に蘆木の壁を張って、飛び込んできた子ムカデを防いだ。
私の正面を子ムカデが飛び越えてゆくぅー。けれど、活路が見えてきたわ。
12月17日 午前10時頃 百足山丘陵にて 蔭蔓
巣の大穴の最奥部に到達した。
うーん。祠、祠・・・。あっ、ありましておめでとうございます。
祠は巣の一番奥の隅にあった。近寄ると、確かに円柱形の鍵らしきものが祠に入っている。
これを取れば、あとは帰るだけ、だけど・・・。
そして、取ろうとしたとき、祠の内側の底面に蔭蔓の読める文字で何か書いてあるのが見えた。
“行きはよいよい、帰りは恐い。怖いものなら取ることなかれ、取るなかれ。”
あぁー、俺がこれを取ると、何かが起きるんだろうなぁ・・・。何が起きるんだろうなぁ、やだなぁ・・・。
円柱を手に取って、巣穴の入り口に向かって数歩引き返すと、祠の下から嫌な音がした。
振り返ると、祠の中に光り輝く新しい円柱があった。
一応、急いで祠に戻り、新たな円柱も手に取ると、もう一度祠の中に新しい円柱が現れた。
一つ円柱をとるとまた一つ生成される仕掛けなのだろうか・・・。なるほど、これは新しい情報だ。他の遺跡にも同じことが言えるかもしれないな。
あと少し考察を続けたかったがその時間はなかった。大変残念ながら、祠の下部、いや、祠の周辺一面、すなわち蔭蔓の真下から子ムカデがわいてきたのだ。
なんてこった—————っ!
蔭蔓は、子ムカデの頭部を踏み散らかしながら一目散に逃げだした。
これが大地の怒りってやつ?2回も取ったから倍返しかな?それにしては百足の数多すぎません?
洞窟に戻ってみると、多数の百足が鱗木の壁を抜け出して絨毯のように広がっている。何匹か踏んでしまって、その個体が超音波のような音で鳴きだし、周辺に他の子ムカデを呼び集め始めた。
蔭蔓はとにかく、道標となる胞子を発芽させてたどりながら、逃げて、逃げて、逃げ帰った。
12月17日 午前10時頃 百足山丘陵にて 霞
あずさ「あとは、蔭蔓が帰るのを待つだけだけれど・・・。」
わかってるよ。
ヘリアンフォラ周辺に仕掛けておいた、あるまじ木忌、八岐大蛇がもうすぐ妖壊期を迎える。こちらが現れるタイミングに遅れるわけにはいかない。
早すぎて妖壊期を迎える前に任務完了になるということはなさそうだが、遅くなりすぎてヘリアンフォラが破壊されてしまえば深刻だ。予備のヘリアンフォラは用意してあるものの、その位置まで移動する間生きていられるかという問題がある。
作戦とかに堅苦しくこだわるのは嫌いだけど、今回は何があっても成功させないといけないからなー。
それに、蔭人じゃない奴もいるわけだし、いざとなったら私がからだはってどうにかしないといけないよね。流石に。あーっ、考えただけで萎える。
しかも、成功させてからが本番なのだ。
これ以上の悲劇はごめんだし、私はもう失いたくない。取り戻したい。もう一度、皆で集まって笑いあう。あの時を取り戻すんだ。
だから、蔭蔓だけを何としても八岐大蛇に殺させないといけない。
霞「あいつはまだなの、そろそろ、辛いわ。」
大型の樹木の魔法は魔力消費の激しい魔法のため、既に疲労がたまっている。にもかかわらず、もう一勝負する力も残しておかなければならない。悟られないように温存しとかなければならないのだ。
将器「そうでもないみたいだ。」
見れば、烏帽子と円柱をそれぞれ握りしめ、差し迫った真っ蒼な顔をして一目散に逃げかえってくる蔭蔓と、それを追う大量の子ムカデの群体が洞窟から出てくる。
蔭蔓「帰る、帰るぞっ!!」
将器「おう、お疲れさん。」
キタ。
12月17日 午前10時過ぎ 百足山丘陵にて 蔭蔓
大百足の腹、大量の子ムカデ、よくわからないけど絶対に触りたくない液体等々、避けなければならないものは数えきれないほどあったが、なんとか、あずさが待機している、ダイヤモンドで守られた領域にたどり着いた。
蔭蔓「魔獣狩りなんて二度と御免だ。あずさ、頼む。」
鍵をあずさに渡した。
あずさ「ええ。受け取ったわ。お疲れ様ね。」
神那「将器、撤収しましょう!」
将器「おう。いくぞ、神那!」
将器が合図すると、2人そろって、百足の洞窟の方に大型の魔法を撃ちこんだ。将器が大量の水で子ムカデを押し流し、神那が終焉光で地面を断層させた。無数の子ムカデが、断層にのまれて地面の中に消えていった。
最も、現在進行形で腹から無限に子ムカデがあふれだしてくるのを見る限り、大した時間稼ぎにならないことはあきらかだったが・・・。
300m先のヘリアンフォラめがけて、全員が一目散に走った。
今日の魔獣狩りは目立った怪我人もいない極めて良好な状態だったが、直後、蔭蔓は絶望に打ちのめされた。
ヘリアンフォラの前に突如出現したのは、蔭蔓でも知っている、悪名高い伝説の妖怪、八頭の大蛇、八岐大蛇だった。
12月17日 午前10時半頃 百足山丘陵にて 霞
間に合った———。作戦の第二段階の開始だ。
安堵と焦りを感じていた。予定通りに、5人に立ちふさがる形で八岐大蛇の姿に受け取っていたあるまじ木忌が妖壊期を迎えたことはいい。しかし、八岐大蛇と戦闘しながら、上手く立ちまわることができる気がしなかった。
蔭蔓「おい、ちょっとこれまずいんじゃないの。」
将器「分析は後だ。カズ、突破するぞ。霞、ヘリアンフォラをダイヤモンドで覆ってあったか?」
霞「来た時に終えているわよ。」
蔭蔓「ちなみに、今のは分析じゃなくて心の声だ。」
対する八岐大蛇も本領を発揮し始めた。当たり一面に急激に積乱雲が広がり初め、竜巻を起こしそうな鳴き声と共に、暴風雨と落雷が始まった。数十秒で、見渡す限り地平線まで嵐になってしまった。
蔭蔓「あれが、あるまじ木忌か。そうなんだろ、神那。」
神那「ええ、あのあふれ出る魔力に、邪悪なにおい。妖壊期のあるまじ木忌に違いないわ。それも、とても凶悪な・・・。」
あずさ「こんなの、どうすればいいのかしら・・・。というか、どうしてここに。なんてついていないのかしら。」
神那「わからない。けど、私たちはあいつを越えて帰るのよ。」