1章60話『大百足《オオムカデ》の巣くう岩山』
12月17日 午前9時頃 百足山丘陵にて 蔭蔓
ヘリアンフォラの先には草原が広がっていた。本の記載通り、岩壁の多い場所で、はるか彼方にはクルカロス北部一帯に広がるクルカロス山脈が広がり、杉を中心とした針葉樹林に大地が覆われている。
ここは、リプロスの北東部にあたり、古くから百足の魔獣の巣窟として定評があるらしい。百足の魔獣は、迷い込んだ魔獣すら喰らうそうで、人は当然住んでおらず、魔獣狩りでも近づく者はいないという。
近くには、蔭蔓と将器が出会った、銀箔川の更に上流に当たる川が流れている。
草封じの峠や他のいくつかの鍵が封印されていた場所とは異なり、古代文明の遺跡の様なものは見つからない。
将器「洞窟って、見当たらなくないか。」
あずさ「地図だと、このあたりにあるはずなのだけれど。」
あずさはそう言って、『封印木棺―第七封印―』の複製の、付属の地図を眺めた。
霞「下見にいったときは、このぐらいで引き返したの。」
蔭蔓「てことは、このぐらいでお出迎えだったわけだ。そろそろ、被るか。」
隠れ烏帽子を蔭蔓は被った。一方、神那は無言で歩いていた。曰く、大地に呼ばれるように強大な魔力を感じるということだ。
暫らく歩いたものの、やはり、大百足は現れなかった。
しかし、やがて岩山が乱立する地帯に入り、その奥に、洞窟の様なものを見つけた。
蔭蔓「あっ、あれかな。」
将器「あれかっ!」
将器も見つけて指をさした。
あずさ「わかったからいいけど、透明な人に「あれ」と言われてもね・・・。」
確かに。
神那「嫌な気配がする。感知できるほど、大きな魔力が近づいてくる。」
感知能力まであるのかよ。神那ってやっぱ最強だよな。
蔭蔓「様子見てくる。」
透明だし。
が、その必要はなかった。次の瞬間、その洞窟が振動し始めて、中が中から灰大蛇よりもはるかに大きな百足が現れたのだ。
蔭蔓「やれやれ、行ってくる。」
将器「おう、こっちは任せとけ!」
将器は周囲の水を手繰り寄せた。
霞「胞子はまいた。引き寄せるからとっとと行きな。」
流石です。みなさん優秀で本当に助かります。
洞窟の中は、広くて迷いそうだが、『封印木棺―第七封印―』によれば、最奥部には祠があり、そこに、片手で持てるぐらいの円柱形の鍵があるのだとか。
蔭蔓は奥へ奥へと胞子を散らしながら走った。
12月17日 午前9時半頃 百足山丘陵にて 霞
まだ時間があるけれど、うまくいってくれなければ、別の策を講じなければならない。下見の時に仕掛けておいた八岐大蛇が、10時頃には目覚めてしまう。
願わくは、30分程度で戻ってこい。蔭蔓。
12月17日 午前9時半頃 百足山丘陵にて 蔭蔓
奥へ、奥へと一人進んだ。一体、この洞窟どのようになっているのだろうか。
残念ながら、目的地への到達は一筋縄ではいきそうになく、洞窟は何度も何度も二つ三つと別れている。それどころか、時に別の路と合流したりする有様だ。
だが、攻略の方法論は極めて明快だ。日陰蔓と胞子を通った場所に目印として生やして目印としながら、方位磁針を頼りにできるだけ奥に正確に進む。
なんだこれ。使えないな。
が、残念ながら途中からは話が違った。というのも、数百メートル進んだ段階で方位磁針が狂ってしまったのだ。おそらく、洞窟内に磁鉄鉱などでもあるのだろう。蔭蔓の魔法ではどうすることもできない。
さて、日陰蔓だけを頼りに進むとなると・・・。
幸い、来た道にはすべて、広い範囲に胞子を散らしている。だから、周囲に適当に魔力を放ちながらすすむことで、落とした胞子をもとに、前葉体、胞子体と形成させられるので、同じ道を二度通ることを防ぐのみならず、帰り道を自然に得られるだろう。
さらに数百メートル進むと、左方に赤紫や橙色に輝く穴が現れ始めた。覗けば、中にいたのは、一匹一匹が蔭蔓の腕の太さぐらいの蛍光の子ムカデたちだった。数千匹はゆうに超えているのではないだろうか。
なるほど、こいつらに気づかれたらまずいと言うことか。刺されたら行動できなくなるという話は本にあったので、この子ムカデを刺激するのは避けたい。けど、子ムカデがいるということはこの大きな巣の急所に近づいているということだ。だから、最奥部にあるという祠もこの方向でいいのではないだろうか。
しかし、その数十メートル先で、蔭蔓は行き止まりに到達した。
あれれ・・・。
12月17日 午前9時半頃 百足山丘陵にて 将器
将器は水のカッターで、神那は終焉光で躊躇なく大百足を解体した。
将器「まさか、腹だけでも動き出すとはな。」
しかも、腹からあふれた体液が子ムカデになる始末とは・・・。
神那「これじゃあ、近づけないわね。腹も再生するみたいだし・・・。」
霞の援護で今のところもってはいるものの、子ムカデが増え続けたら、対処しきれない。
将器「百足を腹で切断すればいいわけじゃないみたいだな。」
神那「そうね。本体が動けなくなる最低数を見極めて、継続的に生まれてくる子ムカデに対処し続けましょう。」
せめてもの救いは、子ムカデには百足を生む能力はないことだ。再生することには変わりなさそうだが、こちらは粉々に破壊してしまえばいい。
12月17日 午前9時半頃 百足山丘陵にて あずさ
霞「あずさ、私の後ろに。ダイヤで覆うから。」
霞がそういうと、あずさの周囲に将器ぐらいのダイヤモンドの蘆木が生えてきた。
あずさ「大地も含めて一つの個体か・・・。確かに、正しい考察かもね。」
ダイヤモンドの壁の奥で、大百足について思考をめぐらせた。
何か打開案を・・・。あ、思いついた。
あずさ「神那、子ムカデが生まれてくるところに、一ッ葉を放ったらどうかしら。」
神那「やってみましょう!」
12月17日 午前9時半頃 百足山丘陵にて 蔭蔓
子ムカデの巣窟まで後退して新たな進路を探った。ここからは右にもう一本だけ道が分岐しているが、その道は奥でさらに今までの進行方向と垂直に複数本に分岐している。
それにしてもルートが多すぎるんだよなぁ。
大百足の足跡を追うことも考えたが、そこら中足跡だらけで方向もちぐはぐなのであきらめた。
中心部に効率よく迫る方法はあるだろうか・・・。
まてよ。親の百足って、土の中で子ムカデを抱えていること多いよな。そして、子ムカデの巣のすぐ奥に、行き止まりがあるってことは・・・。祠ってこの子ムカデの巣の中にあるのかもしれないな・・・。
蔭蔓は、音を立てないよう抜き足で再び行き止まりまで進み、入念に調べたものの、やはり何も発見できなかった。
はァ—、試してみるか。
というわけで、洞窟の中で丸まっている子ムカデたちを刀で叩いてみた。すると、堰を切ったように子ムカデの群れがあふれだしてきた。
ちょうどいい。たたき出してしまえ。
幸い、子ムカデは透明な蔭蔓を認識できていないようだったので、鱗木を中に生やしてさらに刺激した。
しかし、問題に直面した。
子ムカデが多すぎて蔭蔓のいる洞窟一面に広がってしまったのだ。かろうじて、鱗木つかまり、さらに日陰蔓で自分を結び付けて難を脱がれてはいるものの、当然、子ムカデが蔭蔓がしがみついている鱗木にも昇り始めている。このままでは、いずれ接触する。
どうしたものかな。
蔭蔓の魔法は、直接何かを破壊するのが得意でない。だから大抵、別の方法を取らないといけない。
というわけで、洞窟の行き止まり地点で大量に日陰蔓を発芽させた。すると、子ムカデどもは人がいると勘違いしたのか、日陰蔓めがけて、一心不乱に突き進み始めた。
ムカデのいない足場ができるのを待って、蔭蔓はそこに降り立った。そして、巣穴と行き止まりの間を一気に鱗木で可能な限り隙間なく塞いだ。
これで、時間が稼げそうだ。
リンボクの間から時折子ムカデがわいてくるが、それはまばらで、今度は対処できない数ではない。蔭蔓は巣穴に入り込んだ。