1章59話『決戦前夜』
12月11日 深夜 繋木邸の霞の部屋にて 霞
霞は言霊をかけた。あいつに。
「どうした?こんな時間に。」
「・・・。」
「おい、霞。いるなら返事をしろよ。」
・・・ちっ。
「だから、指図するなといっているでしょっ!」
「でもじゃあ、用件を言えよ。僕だって忙しいんだから。」
霞はため息をついた。今から話すことはわかりしだいあいつに言うことになっていたけれども、言うのを躊躇していた情報だ。
それは、これ以上あいつに喋ってしまっては、あいつがますます手段を択ばなくなり確実に後戻りできなくなるから。
大切なものは一つじゃないのに、どれも失いたくない。だから、失うリスクを取るのを躊躇して決断から逃げていたのだ。
けれども、決断しなければ、確実にすべて失うことがわかっていたので、遅かれ早かれ決断するべきだった。だから決断した。
だけど、失うことを受け入れたのではなくて、すべてを失わないという決意のもとに決断した。
それは、蔭蔓が私にできると信じさせてくれたから。
蔭蔓なら、予想を裏切って、私の願いをかなえてくれるはずなんだ。だって、彼は悪夢を見た。それは彼が立派に蔭人であることのあかし。そして彼の植物は再生した。これらは彼が、再帰羊歯使いであることを示す。
あいつも、蔭蔓が再帰羊歯使いと知れば、彼を殺してでも自分だけ生きようとするのではなく、彼とどうにかして生きてゆくべきだと悟るはず。
そう私に思わせるほどに、蔭蔓は、自身が恵まれた才能を持つ魔法使いであると証明してくれた。本人はそんなつもりはないけれど、それは事実なんだ。
大丈夫よ、霞。やるわよ。
「あいつの日陰蔓も鱗木もどちらとも草蔭よ。そして、それらの性質は再帰羊歯。」
「なんだって!!!」
驚きを隠せないのは無理もない。霞自身もいまだに静かに言うのがやっとなほどなのだから。
「あと、私のダイヤも完全燃焼させたら、再び蘆木として生えてくることが分かったの。再帰羊歯使いだったのよっ!!多分、3人ともね。」
「あの気違いジジイの研究内容に近づいたな。」
「私たちの正体にもね。」
「ああ。博士の目的は、蔭人の共通性質の研究ではなくて、再帰羊歯の研究だったわけだ。」
あいつは続けざまに言った。
「計画を変えよう。僕には、いや、僕らにはあいつが必要だ。どうしてもね。」
「そうはいっても、実行することが変わるわけではないでしょ。でも、あんたのスタンスが変わって安心したわ。」
そういって霞は言霊を切った。
12月16日 決戦前夜 寮にて 将器
繋木氏によれば、七番目の遺跡で待ち受けているのは『封印木棺―第七封印―』に記されている大百足のようだ。
蔭蔓「魔獣狩りなんて、もう懲り懲りだ。」
蔭蔓は、作戦会議の時は真剣だが、いざ、実行に向けて作戦の確認の段階となると急に子供になる。いつもは将器があやすのだが、今日は、
神那が「じゃあ、再確認するね!」と、華麗に無視して進行した。
霞も合わせた5人は、寮の茶室に集合した。
あずさ「まず、敵の性質の再確認から入るわ。」
あずさは、背筋を伸ばして続けた。
あずさ「敵は、普段は鍵が眠っている洞窟の中に隠れている。節で切り倒しても体で動き始めやがて元に戻る。脚には動けなくする毒があって、大量に打たれれば致命的。腹を破壊しても、土から新たな腹が現れる。けれど、完全に回復するまでは滅多に攻撃してはこないから、腹を破壊して動きを止められれば持久戦に持ち込むことができる。これでいいかしら、霞。」
霞「さぁ。下見には行ったけれど、遭遇してすぐに逃げ帰ったから。実際にどうなのかは、ね。」
霞は繋木氏と数日かけて下見に行った。場所はリプロス北北東の岩山の多い草原地帯だそうだ。
下見に行ったという事実から考えて、繋木氏は、今までの遺跡にもヘリアンフォラを用いない方法で始めは直接訪れているのだろう。しかし、将器たちが繋木邸に来てから、6回目の大遠征が終わるまでの間に、繋木氏が館を留守にしたことはあまりなかった。
当たり前だが、彼の計画はアミ魔の4人が繋木邸を訪れる前からあったのだろう。
蔭蔓「この百足、大地も含めて一つの個体なのかな。」
将器「魔獣って、本当に多様だよなぁ~。」
素直に、感心した。
神那「じゃあ、次は作戦のおさらいね。私と将器で百足を腹で切り倒して、霞がダイヤで援護、あずさが後衛。持久戦に持ち込む。そして、その間に蔭蔓が烏帽子を被って洞窟に潜入。」
皆、息をそろえて頷いた。あるまじ木忌を倒そうとするのではなく、持久戦に持ち込んで、鍵を手に入れたら撤退する。これが安定したやりかたになっていた。
また、繋木氏の書斎に侵入した一件から、かえって目的意識を共有できたためなのか、5人の結束は一層深まったように思われた。
将器にとってそれはとても好ましいことで、これからもそうあってほしいと、切に願うのだった。




