1章57話『封印木棺《フウインボッカン》』
繋木「君たちの行動力に感服させられはしたがね。」
奥の扉が横に開くと、繋木創が笑いながら入室してきた。今日は袴に魔法細菌製とみられる軽装の甲冑を身に付けており、長期間魔獣狩りに出る場合の格好だ。
蔭蔓「い、いつからですか。」
繋木「ハハハっ。始めの質問がそれとは。なぁに、5分ほど前さ。」
意外にすぐ出てきたわけだ。嘘でなければだが。
外から異変を察した将器が駆け込んできた。
将器「大丈夫かって・・・、よりによって鉢合わせかよ。」
あずさ「お聞きしたいことがあります。」
繋木「ほう?言ってごらん?」
あずさ「繋木さん。あなたはアミテロス魔法学校とは特に経済的なつながりを持っていませんね?」
繋木「・・・いかにも。」
繋木氏は面倒くさげな顔つきで言った。
神那「どうして大株主などと・・・。」
繋木「はは、白銀寮なんて出て来やしないからさ。君たちが突き止めてしまうとも思わなかったしね。」
将器「じゃあ、俺たちを魔獣狩りに集中させるためにおっしゃったのですか。」
繋木「間違いではない解釈だ。」
神那「出て来やしないのはどうしてですか。」
繋木「それはっ・・・、なかなか長くなりそうだな。ちょっと、先にお茶でも飲ませてくれないかい?知っての通り帰って来たばかりでね。」
神那「あ、すみません。」
繋木氏が装備を解くのを皆待った。その後、繋木氏が蔭蔓のいる机に歩いて座ろうとしたとき、蔭蔓が手に持っていた本に目をやると、そのまま座ったが、目が驚いていた。
繋木「ところで、君たちいったい何を、いや、どこまで知っているのかい。」
結局、繋木氏はお茶を入れるのを待たずに口を開いた。あずさや神那が話そうとしたが、蔭蔓の知っている情報を3人が知らない以上、的外れなことを言い出すに違いない。だから、今話すべきは蔭蔓なのである。ついでに、3人にも情報共有と行こう。
蔭蔓「繋木さんが魔獣狩りを僕たちにさせていたのは、この本と関係があるのではないですか?」
繋木「それは・・・、面白い小説でね。最近読んでいたのだよ。」
繋木氏はにっこりとしたが、怪しさがにじみ出ている。
蔭蔓「少なくとも、恐らく霞がこの本を倉庫で複製してあなたに届けた。」
繋木「・・・どうしてそう思ったのかい?」
蔭蔓「日付ですよ。付箋や書き込みの日付が、僕がこの本をリプロスで拾ってからのものしか見られません。霞なら倉庫からこの本を見つけ出すことも容易だったはずだし、彼女は蔭人ですから、この本を複製できるわけです。」
蔭人という言葉は知っているが、名前だけ。だが、効果はあったようで、繋木氏は初めて困惑した表情を呈した。もちろん、他の3人は理解できない話題なのだが、繋木氏はそれ以上に渋い顔をした。
繋木「ほう。君たちの魔獣狩りとの関連はどう説明するのかい。」
実はこちらも答えは明白だった。
蔭蔓「書き込みには、魔獣狩り、その出発の日時、等々書いてあるので、関連有かと。この本には小説と題して相当なヒントが眠っているようですね。封印木棺への。」
暫らく、繋木氏は沈黙した。そして、やがて漆器を手に取って愉快そうに笑い始めた。
繋木「いい機会だから、君たちには話しておこう。そのほうが、こちらも進めやすいというものさ。彼の言う通り、僕は、封印木棺の封印を探している。もちろんその封印を解くためにね。」
蔭蔓「解いた先にはなにが。」
というのも、蔭蔓が手に入れた本には7つ目の封印へ主人公たちが冒険に行き、魔獣と戦い、鍵を手にするという話しか書かれていなかったのだ。封印木棺が正体不明にもかかわらず、主人公たちはその封印を解くための鍵を集めるという独特な進行だった。
繋木「扉だよ。」
蔭蔓「扉・・・ですか・・・。」
繋木「そうとも。それも、とある別世界への、ね。」
そういうと、どうにか話を合わせようと、相槌を打っていたあずさが突然、興奮気味に目を見開いた。
あずさ「あ、教えてくださいっ!」
将器「俺も気になります!」
将器も、あずさに負けないほどの興味を示したようだった。扉の中身よりも、2人のくいつきぶりに驚いたが、特に反応はしなかった。繋木氏は4人の反応をそれぞれ確認してから、一息ついて話し始めた。
繋木「順を追って話そう。その小説に登場する話だけど、登場する場所は実在する。封印木棺は一種の封印で、とある別世界に続く扉が眠っている。封印を解くには、七本の鍵が必要で、君たちに集めてもらっていたのがそれさ。」
なるほど、大方は小説通りだ。
繋木「各巻にはそれぞれの番号に対応する鍵の所在が記されている。七巻だけが見つからなかったんだ。そこの本棚をみてごらん。一巻から主人公が封印木棺にたどり着く八巻まで、七巻以外はそろっているだろう?けれど、なぜか蔭蔓君がそれを持っていた。この間霞ちゃんが気付いたんだ。」
繋木氏は、詳しく話してくれという視線を向けたが、蔭蔓もたまたま再生紙のゴミの中に見つけただけなので説明しようがない。
蔭蔓「たまたま見つけただけです。強いて言えば、封印木は鱗木と同じ巨大な木性シダなので拾いました。」
繋木「なんと、数奇なこともあるものだね。驚いたよ。」
神那「そういえば、ずっと春から本ばかりあさっていたものね。単なる趣味かと思っていたけれど・・・。」
偶然の出会いもさることながら、霞が倉庫をいじっていたことがほぼ確定した。だとすると、『黒百合の少女』も彼女は持って行ったのだろうか?
将器「俺たちが戦ってきたのは鍵を守っている魔獣だったってことですか。」
繋木「ああ。結局、君たちには魔獣狩りをしてもらっているに過ぎない。」
繋木氏は、茶を煎じ始めた。ただし、煎じるといっても箸で抹茶の粉末をかき混ぜるスタイルで、作法という概念はないようだ。
神那「魔獣、といってもあるまじ木忌と呼ばれているものですよね・・・。とても危険な、いえ、危険すぎると思っています。」
確かに、神那のいう、あるまじ木忌級の魔獣は一体も討伐できていない。毎回、鍵が見つかるまで時間を稼いで逃げるの繰り返しだった。
繋木「なぁに、君たちなら大丈夫。それに、なんでもする的なことを言ったのは君たちだ。でも、胸糞悪い仕事は任せていない。ちゃんと約束は守っているよね?」
神那「それは、そうですが・・・。」
繋木「些細なことからここまで気づいたのは称賛に値するけど、総じて、君たちには関係のない話でした。ザァーんねん。」
ややいらだったが、粘り強く質問し続けなければならない。
あずさ「では、別の世界とはどのような場所なのですか。」
蔭蔓が言う前に、あずさが言いだした。
今、潜在的には白銀寮とラルタロス魔法学校に追われているが、もし両組織が来られない場所に逃げられたのなら、ひとまず問題を解決したことになる。別世界がそのような場所ならば、行かない手はないような気がする。
繋木「ああ。それについても説明しておこう。」
繋木氏は箸をかき回すのをやめた。
繋木「そもそも、私が今、一つの世界と呼んでいるものは一つに連なった空間のことだ。」
なるほど。
繋木「そして、実は世界は無数に存在している。」
蔭蔓は、思わず机にもたれるのをやめて背筋を伸ばした。
この投資家、次々ととんでもないことを言い始めるな。
繋木「そして、世界を繋ぐ通路の様なものも存在している。専門的には、枝とか、回廊とか、言われているかな。まぁ、とにかく扉や回廊で世界はつながれている。」
ん?扉の向こうには回廊が広がっていて、さらにその先に別の扉があり、二つ目の扉をでると別世界に到達するということだろうか。だったら、回廊もまた連なった空間だろうから、回廊も別の世界と呼べるんじゃないのか?それなら、世界を繋いでいるのは扉だけではないのだろうか?
ややこしくなりそうだから、とりあえず聞いとくか。
繋木「でね、一部の世界ではこの世界と同じような物理法則や魔法が成り立っている。だから、私たちが世界を移動しても、この世界と同じように魔法を使ったりできる。さらに、空気や植物がある世界なら、人間、食べていれば生きていけるってわけさ。」
将器「それなら、繋木さんが目指している別世界は・・・。」
繋木「あぁ、扉の向こうには我々が生存できる世界もあるとされている。」
そういう繋木氏の目は好奇心に輝いていた。
神那「そんな、そんなものがあるなんて・・・。」
繋木「私も、初めて知ったときは驚いたもんだよ。」
神那「あっ、繋木さんの魔法は世界を繋ぐ魔法なのですか。」
神那が悟ったように言いかけた。
繋木「ああ、私のヘリアンフォラは異なる二地点を繋ぐ魔法。それが、同じ世界にあってもなくてもね。ちなみに、この館もアミテロスやラルタロス、リプロスがある世界とは別の世界つまり、別の空間になっている。」
伝達帳がつながらなかったのは、別世界にいたからか。
蔭蔓「何て便利な。」
これには思わず蔭蔓も声を漏らした。
繋木「実は、繋ぐことのできない世界というのもあるにはある。例えば、ヘリアンフォラを生やす余地のない世界を繋ぐことはできない。あるかどうかは知らないけど、炎で包まれた世界とかね。」
当たり前すぎるが、極めて物理的で、納得できる。
あずさ「・・・ーん。異なる世界が存在するという話はひとまず受け入れます。ではなぜ、繋木さんは、別の世界をめざすのですか?」
繋木「新しい、商機を求めてさ。この世界にないものを別の世界から持ち込めば、需要があるかもしれないでしょ?」
あずさ「それだけですか?とても思えないですが、その言葉自体、嘘でもないようですね。」
繋木「君はひょっとして、嘘が見えるのかい。」
あずさ「ふふ、勘ですよ勘。」
繋木「まぁいいさ。例えば、色蛇が増え続けているけれど、結界石で防ぐ以外の対策は長きにわたり見つかっていない。言ってしまえば、この世界では解決策が見つからなかった。」
蔭蔓「そこへ、何か有効なものを発見できれば、新たな商機になる。」
将器「世界を、救いたいのですか?」
繋木「まさか、儲けたいのさ。」
あずさ「では、扉を開いた後は、契約は継続されるのですか。」
繋木「行ってから考えようかなと思っている。いやぁだってほらさ、いったことのない場所に行くわけだから。見ての通り、私はあまり戦闘向きの魔法使いではないからさぁ、君たちの力が必要になるかもしれない。」
別世界でボディーガードというのは迷惑な話なのかもしれない。しかし、あわよくばこことは別の世界へ逃げおおせることができるかもしれない。そこが豊かな場所ならば、行ってみる価値はあるように思われる。
霞「あら、勢ぞろいして、昼食にでもしますか。」
霞が将器の後ろから現れた。
繋木「おや?やっと出てきたね。そうだね。せっかくだから、このままここで昼食にして、第一回第七封印攻略作戦会議と行こうじゃないか。」
この後、繋木氏への非礼は、丁重にお詫びした。