1章56話『繋木《ツナギ》邸潜入捜索』
12月10日 午前10時過ぎ 実験倉庫にて 蔭蔓
蔭蔓は、日陰蔓の再生能の発見からも周囲の植物の性質を調べ続けた。
今は、寝そべって実験ノートを読み返しながらにやにやしている。
ちなみに、はたから見れば、危ない人間だということは知っている。
もちろん、40m程度に成長する鱗木でも実験は行った。幼芽を一本地面に生やし、抜き取って、焼却装置で焼却。洞窟を数時間探した末、案の定、岩陰に鱗木の幼苗を見つけた。
どうやら、蔭蔓の鱗木も再生するらしい。
成長した鱗木が洞窟を破壊しかねないので鱗木の実験は一度中断した。
現時点では、蔭蔓産の日陰蔓、鱗木以外に再生能もつ植物を見つけることはできなかった。なぜ洞窟に再生するのかもよくわからない。
その他、屋敷にある植物に手当たり次第、『黒百合の少女』を接触させたりもした。
上手く行ったものはいくつかある。
まずは、繋木氏のヘリアンフォラ。『黒百合の少女』によれば、繋木氏はヘリアンフォラの蔭人ということらしい。
そして、実験場の近くに生えている、大きな赤いお化け松葉に接触させたとき、『黒百合の少女』は松葉蘭の蔭人へ本を複製した。
松葉蘭。これもシダ植物であるが、普通手のひら程度の大きさだ。お化け松葉というのはこれが大型化したもので、最大20m程度までに成長し、竹のように林を形成する。
実験ノートに表を書き足していると、3人が訪ねてきた。
12月10日 午前10時半頃 研究倉庫にて 蔭蔓
蔭蔓「珍しいな。ここまで来るの霞ぐらいだぜ。葡萄なら間に合ってる。」
素早く、実験ノートを隠しながら3人に挨拶した。
将器「それが、結構真面目な話なんだよ。」
将器は真剣な顔つきだった。神那は悩ましそうに、奥からあずさと将器を見守っている。
ん?
あずさ「繋木さんがアミテロス魔法学校の大株主じゃないことがわかったの。」
蔭蔓「はい?」
突然過ぎる。
神那「開縁様に聞いたのよ。」
蔭蔓「なるほど・・納得・・・。でもどうやって?伝達帳は燃やしたでしょ?」
すると、あずさが手提げから、やや得意げに伝達帳を一つとりだした。
あずさ「神那がラルタロスで開縁様を呼んだ時に使った伝達帳、こっそり拾っておいたの。神那ったら、言われた通り全部捨てようとしちゃうのだもの・・・。」
神那「だって・・・。」
神那は困った表情で言った。
蔭蔓「それずっと隠してたの?やるねぇ。」
将器「カズ、俺たちも騙されていたんだ。お互い様だろ。」
蔭蔓「いや、罪悪感は特にない。」
将器「おお、そうか・・・。」
蔭蔓「ただ、どう見ても大富豪だよね。あの人。」
蔭蔓は辺り一面に広がるやや手入の行き届いていない庭園に一瞬目をやった。
神那「白銀寮を退けていないのよ。」
神那の表情は不安そのものだった。
蔭蔓「確か、知り合いがいるとは言っていたけど、それだけだったよね。それでもあのとき随分安心したけどさ。」
将器「それなんだ。」
蔭蔓「なにが?」
将器は話し始めた。
将器「繋木さんはラルタロス魔法学校より白銀寮の方が厄介なことぐらいわかっていると思うんだ。そのうえで、俺たちが安心して魔獣狩りに集中できるようにしたんじゃないかって。」
蔭蔓「ん?まさか俺たちのワーキングメモリをクリアにするための方便だったと?」
あずさ「違うわよっ!嘘をついても、私たちを仕事に集中させたかった。それくらい、今私たちがやっていることは重要なのかもしれない。繋木氏にとって。」
蔭蔓「なるほど。」
神那「根拠はあるの。私、あるまじ木忌を見ると、何となく同類だってわかるんだ・・・。それで、私たちこの半年弱、もう5体以上のあるまじ木忌と戦ってきていると思う。」
神那「でもね、魔獣の群生地にだって普通はいない怪物なのよ?私ですらここに来るまで遭遇したことなんてほとんどないわ。」
あずさ「魔獣図鑑にも載っていないような魔獣もたくさん遭遇したでしょ?私も、神那の見立てに賛成なの。」
将器「倒せなくて、逃げてばっかだったしな。」
蔭蔓「でも重要なら、なんで俺たちに任せたんだろう。」
確かに、一人の魔法使いと見れば、神那は才能、実力ともにずば抜けている。自分で言うのもなんだが、他の3人もそれなりに優秀だ。それでも、代替となる組織はいくらでもあるはずだ。
そもそも、重要な魔獣狩を、新米に任せる理由などあるわけないのだ。
アミ魔でなければならない理由あるとすれば、それは・・・。
蔭蔓はここまで聞いて、最近頭に過っていた一つの予感を話すことにした。
蔭蔓「・・・神那が不安なのはわかるし、これは推測だけど、白銀寮の脅威とは比べ物にならないものに巻き込まれている気がする。」
神那「比べ物にならない・・・というと。」
当然、巻き込まれているとすればそれは、不思議な植物魔法に関するものだ。霞は結果的に、蔭蔓の日陰蔓の再生能について知ったわけだし、それなら、この3人に『黒百合の少女』のことを話していいだろう。
けれど、先にできることをやってからにしよう。
蔭蔓「繋木創の思惑か。わからないけど、確かめるすべがあるとすれば・・・。今、屋敷にいるのは俺たちだけなのを鑑みれば。」
神那「まさか、繋木さんの書斎に侵入するつもり?」
蔭蔓「おぉ、なるほど。いいアイディアだ。」
神那「え、ちょっと、わたいがいいだしたみたいじゃないっ!!?」
神那は顔を赤らめた。
あずさ「その案が一番確実ね。良い機会だわ。」
将器「二人とも、そういうのはあんまり・・・。」
というわけで、お世話になっている繋木氏の書斎に侵入するなんて不誠実だという将器が見張りにつき、他の3人は書斎に侵入した。
書斎の奥にはさらに鍵がかかった部屋があり、恐らくこちらが本命なのだろう。しかし、捜査開始から数時間で、すでに十分な成果を得ていた。
『封印木棺—第七封印—』。どうしてこれが、繋木氏の机の中に・・・。
蔭蔓はこっそりと、指先から日陰蔓を忍ばせたが反応はなかった。オリジナルなら、即座に本が複製されるはずだから、複製本のようだ。
付箋、書き込みが多く、これは繋木氏によるものだろう。複製本は新品同様で、さらに、表紙にトクサの形の巨大なダイヤモンドが埋まっている。こんなものを作ることができるのは、霞だけだ。
霞が倉庫で本を複製し繋木氏に届けた・・・と考えるべきだろうか。
あるいは別のオリジナルがあると考えるべきだろうか。
しかし、随所にある書き込みの日付を追うと、確認した限りすべて、今年の11月に入ってからのものだ。極々最近、繋木氏はこの複製本を精読していたことになる。
その時だった。
「感心しないなぁ~!君たち。」
鍵がかかっているはずの奥の部屋への扉から、陽気な声が聞こえた。
この時ばかりは、神那もあずさも冷や汗かいているようだった。