1章54話『日陰蔓《ヒカゲノカズラ》の蔭人《カゲビト》』
こればかりは蔭蔓も暫らく取り乱していたが、やがて落ち着いた。
このことは、秘密にしておこう。
まず、他にも日陰蔓で反応が起きる本が無いか調べてみよう。
手始めに、蔭蔓は倉に収納していた全ての童話や絵本を、同じ日陰蔓と自分の手から生やした新しい日陰蔓にそれぞれあててみた。
すると、『封印木棺—第七封印—』という小説でも同様の反応が見られた。
こちらもやはり、著者は不明だ。封印木というのは、最大30mぐらいに成長するシダ植物で、この知識があったため興味を持った本だ。ちなみに、9月半ばぐらいに、リプロスの街の再生紙のゴミの中に見つけて拾った。
内容は、中に財宝が眠っている封印木棺という棺を探して旅に出る少年が主人公の冒険小説だ。
『黒百合の少女』に関して言えば、どうやら何度でも加筆された複製を日陰蔓で印刷できるようだ。つまり今、手元には3冊の新しい『黒百合の少女』がある。
次に、加筆された黒百合の少女を日陰蔓にあててみた。結果は何も起こらない。どうやら、元の本にしか反応しないようだ。
何より、『日陰蔓の蔭人へ』この文言は蔭蔓に恐怖すら与えた。この本は蔭蔓が日陰蔓の魔法使いと判定できるようだ。そして、蔭蔓のことを蔭人と呼んでいるようだ。
蔭人?
初めて聞く単語だった。この仕掛けを作った者自身も黒百合の蔭人と名乗るところから、蔭蔓が同類だといいたいらしい。
じゃあ、蔭人って何か。魔法使いという意味だろうか。
予想だが、特殊な植物魔法の魔法使いのことなんじゃないだろうか。
ただ、確かめる方法が・・・。いや、あるぞ。
蔭蔓は実験用に、霞の蘆木と神那の一ッ葉をもらっていた。もし、本が反応したのが蔭蔓が特殊な植物魔法使いだったからとすれば、2人の植物でも反応しなければならない。
神那の一ッ葉は魔力を吸い取ってしまうため、本ごとダメにしてしまう可能性を考えて、蔭蔓は霞の蘆木から試した。
結果は、成功だった。日陰蔓による複製との違いは、冒頭の『すてきな蘆木の蔭人様へ送ります。』という一行。多分これは、霞と蔭蔓、そしてこの著者の3人が同類だということをいいたいのだろう。
では、神那はどうか。こちらも、複製自体は上手くいった。冒頭の一行は『美しい一ッ葉の怪物様へ送ります。』だったのだ。神那は蔭人じゃないようだ。
そこで、神那は自らを、あるまじ木忌と呼ばれる最悪の魔獣だと呼んでいたことを思い出した。あるまじ木忌と蔭人は異なる存在なのだろうか。
しばらく考えこんだが、情報が少なすぎる。ただ一つわかることは、霞は蔭人について知らないか、もしくは、知って上で、蔭蔓には教えないでいるかのどちらかということ。
もし、蔭蔓が特殊な日陰蔓の魔法使いなら、どこが特殊なのだろうか。
あの衝撃的な発見の日から3日。11月6日。
なかなか寝られないで、男子部屋の外で魔法のことを考えていると、館の方から霞が電動提灯を持って訪ねてきた。
霞「起きているのはあんただけ?」
蔭蔓「そーだけど。」
蔭蔓は部屋の中の将器のいびきに耳を凝らした。
霞「・・・ちょっと来なさい。」
蔭蔓「こんな時間に・・・。」
霞「いいから黙ってきなさい。」
そういうと、霞は、初めて4人で館を訪れた時に使った洞窟の方へ忙しく歩き始めた。
蔭蔓は寝巻に羽織で霞に続いた。
洞窟についたので、「-んで?」と尋ねると、霞は無言で、彼女の奥の地面を指さした。
蔭蔓「これは覚えがないな・・・。」
彼女が指をさした一帯が、日陰蔓だらけになっていたのだ。来た時には明らかになかったものだし、気温は下がっていったのに、自然に生えたとも考えにくい。もちろん、蔭蔓がここで日陰蔓を生やした覚えもない。
奇妙なのは、今生きている株の下方に、既に黄銅色になって枯れた無数の日陰蔓が堆積していること。
霞「ここは入り口だから、抜いておいて。」
蔭蔓「やった覚えがない。」
霞「じゃあ、他にだれができるというの?」
蔭蔓「そもそも、抜く必要もないだろ。」
霞「ここは抜くって決まっているわけ。散らかした人が片付けて。」
だから、散らかしてないってば。と言っても無駄なことはわかっている。しかし、疑問は残った。
蔭蔓「なんで、こんな時間に?眠いったらありゃしない。」
すると霞はしばらく沈黙したのち、
霞「たまたま、見かけたからよ。」
と、静かに答えた。いったい、深夜に何をしていたというのだろうか。
霞「じゃあ、戻る。」
そういうと、霞は一人で帰っていった。蔭蔓も寒さで震えながら男子部屋に戻った。
翌日、頼まれた掃除をこなすために箒に塵取り、落ち葉掃除用カートを持って、洞窟を掃除した。自分の日陰蔓を捨てるのは主義ではなく、捨てずにできるだけ植えるのだが、実験で倉中日陰蔓だらけなので、10数株残してあとは捨てることにした。掃除を終えて霞の所へカートを持って戻ると、屋敷の裏にある焼却場で火葬しておいてということだった。
さらに翌日、倉で実験をしていると、繋木氏が留守なので一人楽しく羊羹作りをしているはずの霞が訪ねてきた。
蔭蔓「どうした?」
霞「掃除、終わってないじゃん。」
蔭蔓「は?きれいにやったけど?」
そういうと、霞はしばらく考え込んでから言った。
霞「今、いける?」
蔭蔓「まぁ、少しなら。」
得体のしれない胸騒ぎがして、霞とともに急いで洞窟へ駈け込んだ。予感的中だった。何と再び、洞窟中、日陰蔓だらけになっているのだ。
こ、これは・・・。
霞「燃やしたんだよね。」
蔭蔓「あぁ、もちろん。てことは・・・まさか。」
実験中断だ。
新たな仮説を検証するために、繋木氏から焼却装置で、再び洞窟内の日陰蔓を全て、焼却した。するとどうだろう。数時間のうちには、観察できるほどに地面から日陰蔓の新芽が生えてきたのである。
霞「おめでとう、蔭蔓。あんたの日陰蔓、不死身みたいだね。」
その時の霞は、いつになく嬉しそうだった。