1章53話『『黒百合の少女』』
11月3日 夕暮れ 雑木林奥の実験倉にて 蔭蔓
やっぱ普通の日陰蔓使いだろうか。
約3カ月、魔獣狩りをこなしながらも、寸暇を惜しんで自分の魔法を研究した。自分と瓜二つの黒ローブが黒い日陰蔓使いである以上、自分の日陰蔓にも何か隠された力があると思ったのだ。
にもかかわらず、成果は出ないままだった。全力で突き進んできただけに、反動も大きい。いわゆる燃え尽き症候群というやつに蔭蔓は陥っていた。
他の3人は魔獣狩りを攻略準備で忙しかったし、少し前まで、面白半分で手伝ってくれていた霞も「飽きた。羊羹作る。」ということだ。
ついに再び蔭蔓は一人になっていた。
最近の息抜きは、倉の縁側に座って、倉庫に収納した絵本や童話の数々を読み返すことだった。そして今日手に取ったのは、初めてリプロスへ、ヘリアンフォラで渡ったときに購入した『黒百合の少女』だった。
この本、実は
作家がどこにも記されていない変な本なのだ。
**************************************
黒百合の少女
昔々ある村に、一人の少女が居ました。
彼女はお花が大好きでした。
なので、自分のお庭にすてきな黒百合のお花畑を作りました。
ある日、村に一人の旅人がやってきました。
顔のない魔法使いです。
旅人は村を回り、やがて、少女のお庭にたどり着きました。
「とてもきれいな黒百合だね。君が育てたお花なのかい?」
「そうよ。ここは私のお花畑なの。」
「君は、お花畑からでないのかい?」
「そうよ。外の世界のことはわからないから。」
「外の世界には、このお花畑の他にも美しいものがたくさんあるんだ。どうだろう。君が世界へ旅に出て、美しいものを見る。そのお礼に君は美しい黒百合をあげるんだ。」
「とっても素敵だわ。でも、お庭の黒百合はお庭で咲くのよ。」
「なら君が、世界に黒百合を咲かせればいい。」
魔法使いが言うと、少女は黒百合を自分の手や足から育むことができるようになりました。
「まぁ、なんてすてきな魔法でしょう。」
少女は大そう喜びました。
少女はお礼を言いましたが、どうやら既に魔法使いはいなくなってしまっていたようです。
その夜、少女は夢を見ました。
そこには、彼女の見たことのないものがたくさん現れました。
彼女はそれらを美しいと思いました。
きっと世界は、私の知らない美しいものであふれているのだろう。
少女はそう思って、旅に出ることにしました。
村の人たちのために、少女は新しい黒百合のお花畑をつくりました。
そうして、少女は旅に出ました。
彼女が今どこにいるかは誰も知りません。けれど、彼女がいるところにはきっとすてきな黒百合のお花畑があるでしょう。
おしまい。
**************************************
この主人公、純粋すぎて危険なんだよな。
これが率直な感想だった。
しかし、絵本に突っ込んではいけない。絵本なのだから。息抜きができればいいのだ。
けれどもやはり、突っ込みを入れずにいられるはずもなく、半時間以上突っ込み続けていた。流石に予定がつまるので、次の作業に移るため急いで本をしまおうとしたときである。
本が倉の柱の一本に当たり、反作用で蔭蔓の手から逃れて、縁側の奥の畑に育っていた実験中の蔭蔓産の日陰蔓の上に落ちた。
ギャ―――っ。
蔭蔓は急いで拾おうとしたが、思わず手を止めた。この数年来で最も不気味な現象に遭遇したからだ。
蔭蔓の日陰蔓が『黒百合の少女』に絡みついたかと思えば、勝手に育ち始めて、見たことのないくらい太い胞子嚢穂を形成した。
いや、穂の先に現れたのは胞子嚢ではなかった。穂はイネのようにたれはじめ、現れたのは新たな『黒百合の少女』だった。
蔭蔓は文字通り、開いた口が塞がらなかった。しばらく、キョトンとしてただ眺めていた。
けれどもやがて、日陰蔓を傷つけないように細心の注意を払い、元の『黒百合の少女』と新たな『黒百合の少女』の2冊を手に取った。
日陰蔓が複製した?・・・あ、違う、これは・・・。
厚さはほとんど同じだったが、新しい方は印刷されたばかりのようだった。急いでその中を開けてみると、蔭蔓は驚いた。内容が変わっている、詳しくなっている・・・。
**************************************
黒百合の少女
前書き
黒百合の蔭人より
すてきな日陰蔓の蔭人様へ送ります。
昔々ある村に、一人の少女が居ました。
彼女はお花が大好きでした。
なので、自分のお庭にすてきな黒百合のお花畑を作りました。
ある日、村に一人の旅人がやってきました。
顔のない魔法使いです。
しかし、そのことが分かったのは少女だけでした。
彼に姿はなく、彼の独り言は少女にだけ聞こえたからです。
「違う。違う。違う。違う・・・。」
ただひたすらに、彼は繰り返していました。
旅人は村を回り、やがて、少女のお庭にたどり着きました。
「とてもきれいな黒百合だね。君が育てたお花なのかい?」
「そうよ。ここは私のお花畑なの。」
「君は、お花畑からでないのかい?」
「そうよ。外の世界のことはわからないから。」
「外の世界には、このお花畑の他にも美しいものがたくさんあるんだ。どうだろう。君が世界へ旅に出て、美しいものを見る。そのお礼に君は美しい黒百合をあげるんだ。」
「とっても素敵だわ。でも、お庭の黒百合はお庭で咲くのよ。」
「なら君が、新たな黒百合を咲かせればいい。」
魔法使いが言うと、少女は黒百合を自分の手や足から育むことができるようになりました。
「まぁ、なんてすてきな魔法でしょう。」
少女は大そう喜びました。
少女はお礼を言いましたが、どうやら既に魔法使いはいなくなってしまっていたようです。
彼の声はもう聞こえませんでした。
その夜、少女は夢を見ました。
彼女は村にいました。
静まり返った夜の村の大地から、彼女の見たことのないものがたくさん現れました。
怪物たちです。
紫色のねとねとに、大きな目や口のついた怪物たちでした。
それらはいびつでしたが、彼女はそれらを美しいと思いました。
しかし、
しばらくすると、頭から細長い管がたくさん生えてきました。
怪物たちは村を襲い、眠っていた人々を口や管で飲み込んで、建物をたいあたりで壊しつくしました。
翌日、朝寝坊して目を覚ますと、彼女はお花畑の中にいました。
どうやら、お花畑で寝てしまっていたようです。
辺りを見回すと、村は夢で見たように壊れていました。彼女以外誰もいません。
もう村にいることはできません。生きていくことがままならないからです。
でもきっと世界は、私の知らない美しいものであふれているのだろう。夢に見た怪物たちのように。
村がなくなったのなら、新たな村に行けばいいのだわ。
少女はそう思って、旅に出ることにしました。
なぜか消えてしまった村の人たちのために、少女は新しい黒百合のお花畑をつくりました。
村一面に黒百合の花を咲かせたのです。
すると、物陰から、夢にいた怪物の子供が一匹でてきました。
そうして、少女は旅に出ました。怪物と一緒に。
彼女が今どこにいるかは誰も知りません。けれど、彼女がいるところにはきっとすてきな黒百合のお花畑があるでしょう。
おしまい。
**************************************
どうやらいつのまにか、魔導の深淵に足を踏み入れてしまったらしい。