1章51話『研究開始』
8月19日 午後3時頃 繋木氏の客間にて 蔭蔓
繋木氏は、涼し気な夏着物をまとい、街で霞の買ってきた羊羹を食べている。そして、霞はやはり羊羹を食べている。
闇魔法について、尋ねたいことは山積していた。
ただ、尋ねる際に闇魔法という言葉を口に出すべきだろうか・・・?
安易に口にすべきではないのだろう。けれども、闇魔法という言葉を使わずに、闇魔法について深く知る方法なんてあるだろうか?
繋木「おゥ、ハよう!?あっ!えっとー、聞きたいことがあるんだっけ?」
蔭蔓「実は、はい。」
繋木「いいよ、いってごーらんど。」
蔭蔓「繋木さんと、霞って、生まれつきその特殊な植物魔法を使えるのですか?」
霞が竹串を動かす手を止めた。そして、一瞬繋木氏の方に目をやった。
繋木「あーなんだ、魔法のことか。そうか、君は日陰蔓使いだから、気になるわけだぁ。僕は生まれつきだけど、霞ちゃんはどうなの?」
霞「・・・私もだよ。」
そういってため息をつくと、少し間をおいてから霞は羊羹を再び食べ始めた。
後天的なものではないとすれば、普通に考えて、特殊な植物が存在していたことになる。
蔭蔓「植物魔法使いって、今も現存するか、かつて現存した植物を使うじゃないですか。でも、空間を繋ぐヘリアンフォラも、ダイヤモンドになる蘆木も例外的じゃないかと思いませんか?」
繋木「うぅーん、うちは、大戦で亡くなった親父も同じヘリアンフォラ使いなんだ。それは私も気になって、親父に尋ねたことあるけど、知らないってさ。ただまぁ、ちゃんと僕たちの体の中にはあるわけだけど・・・。」
繋木氏は霞の方を向いたが、開きかけた口を閉じた。
霞「私は、親の顔も知らない。」
蔭蔓「そうか・・・。」
やはり、“闇魔法”という言葉を使わずに引き出せる話なんてものはたかが知れているようだった。
それでも質問を続け、2人の用いる特殊な植物の由来や性質についてはいくらか教えてもらえた。けれども、知りたいのは、闇魔法とは何なのか、その特徴は何なのか、そして、どういった魔法が分類されるのか、といったことだった。
言いますか。まぁ、失うものもないわけだし。
蔭蔓「実は僕、闇魔法と呼ばれる魔法群について調べていまして、ひょっとすると、繋木さんと、霞の魔法も該当するのではないかと思いまして・・・。」
繋木「闇魔法?なんだか怪しげな名前だね。」
繋木氏はお菓子をもらった子供のような目になった。
蔭蔓「御存じないですか?」
繋木「残念ながら。でも、どんな魔法なんだい?」
蔭蔓「自然現象では起こり得ないようなことを引き起こす魔法の一部が分類されているようなんですけれど・・・、僕もよくわからないことが多いです。」
繋木「なるほどね・・・。起こりえないというのが気になるな、君が今着ている、破れても元に戻る魔法細菌の衣も生物学的には起こりえない現象ともいえる気もするけど?」
蔭蔓「僕も、そこら辺よくわからないんです。」
いつの間にか、質問する側が質問されている側になっている。
繋木「というかさ、何でそんなヤバそうなこと調べているの?」
蔭蔓「まぁ、知ったのは偶然ですけど、そしたら興味がわいてしまって。」
繋木氏は肩をすくめた。
繋木「そうかぁ、ほらぁ僕、研究者とかじゃないからさー。」
アミテロス魔法学校の大株主の一人であるほどの資産家であれば、闇魔法についても知っているだろうと思ったが、はずれだったようだ。あるいは、単に知らないふりされただけだろうか。
しかし、繋木氏は何か思いついたようだった。
繋木「ただーし確かに、僕と霞ちゃんの魔法は特殊だ。隠遁生活は仕方ない。霞ちゃんを養子にしたのも、彼女を魔法使い狩りから保護するためだったりする。」
霞「はーいはい。」
霞はやや苛立たし気に、新しい羊羹を食べ始めた。しかし、否定はしなかったところを見るとある程度感謝しているのだろうか。
繋木「まだ、何かあるという顔だね?」
視線を戻すと、繋木氏と目が合ったので下に戻した。
蔭蔓「あぁいえ、自分の植物にも特殊な性質があるかどうかを調べたくて、裏の耕していない畑を6畳間ぐらい使わせていただけないでしょうか・・・。」
繋木「おっと、それなら喜んで!・・・そうだ、丁度いい場所がある。霞ちゃん、林の奥の倉庫に案内してあげなさい!」
霞は羊羹を食べる手を止めた。繋木氏を見る彼女の眼は彼の正気を疑っているように見える。
霞「あそこは・・・。」
神のおきてに触れるとでもいいそうな表情だった。
繋木「あれ、片付いているんじゃなかったっけ?」
霞「片付いてはいるけどさ・・・。」
繋木「じゃ、オネガイ霞ちゃん!」
霞が何を気にしているのかは蔭蔓にはわからなかったが、ひとまず、霞の一存で話が無しになるようではなかったので、一息ついた。
霞「・・・ある日突然、ちゃんちゃんにならないように気を付けてくださいね!?」
繋木「最近の女の子は怖いなぁ。」
うん、それは間違ってない。
繋木「まぁだから、そういうことだ。蔭蔓君。」
え、どういうこと?
8月19日 午後3時半頃 屋敷の裏庭にて 蔭蔓
霞に案内されて、蔭蔓は屋敷の裏側に回った。神那や将器がよく練習試合している裏の広場を通り、屋敷を囲む雑木林を通った。その先には、小さな瓦葺屋根の倉庫一つと小さな畑があった。その向かって右側には特徴的な赤い樹が数本生えている。
蔭蔓「あれは・・・。」
蔭蔓は思わず立ち止まった。霞は振り返った。
蔭蔓「あの羊歯の樹、松葉蘭を大きくしたようなやつ。」
霞「あぁ、お化け松葉ね・・・。」
そういうと、霞は何事もなかったかのように、今まで通り無言で進み続けた。
そのお化け松葉という巨大な赤い松葉蘭は間違いなく蔭蔓が黒ローブと二回目に遭遇した後に見た夢に出てきたものだった。
霞「あのさ、大丈夫?」
気づくと表面には倉庫本体が迫っていて、あと一歩で衝突するところだった。
霞「はい鍵ね。」
霞は強引に蔭蔓に鍵を手渡した。
霞「ま、たまに様子見ぐらいはいったげる。超シダ使いとしてね。じゃ、せいぜい頑張れもやし。」
蔭蔓「なな、なんじゃそりゃ。」
その後、何も言わずに霞は立ち去ったが、少し楽しそうに見えた。白の浴衣にと藤色の帯は、彼女の銀髪と紫の瞳によく似あっていた。
蔭蔓は今この瞬間、不思議ととても落ち着いている。
なぜだろう・・・、とても落ち着くような気がするのは・・・。
案内された倉庫は、倉庫というより、一部屋だけの畳の部屋だった。少々手入れが行き届いていなく、ほこりがたまっているが、調査にはもってこいの環境だ。
早速、蔭蔓は購入した本等々の移動から始めた。