間奏~神那《カンナ》の過去編~3話『「愛しているよ。」っていってほしかったよ』
お父さん「そうだろう。だから、神那は螺久と島を離れなければならない。」
神那「お父さんとお母さんは?」
お母さん「ママとパパは、他にすることがあるの。しばらくすればまた会えるわ。ね、螺久!?」
螺久「ああ。そうだよ。神那。1か月後には北のラルタロスという国で落ち合う手はずなんだ。」
螺久兄さんは、背筋を伸ばしたが、喋るごとに視線を落としていった。嘘なのだろう。そう感じた。そして今日が、両親との別れになることを悟った。
神那「おうちは!?」
お母さん「大丈夫。島を出れば会えるわ。」
質問に答えてはもらえなかった。
螺久「ごめん神那、時間がないだ。」
その言葉を話す母の目は涙であふれていた。これから起ころうとしていることがわかっていたとしても、それを受け入れる準備なんてできていない。それは突然過ぎたし、神那にはショックが大きすぎた。
自分の予感を悪い思い込みとは思いこめず、代わりに3人をここで問いただしたかった。なのに、何も気づかないふりをするのが自分の役目だ。
父「支度をしなさい。」
でも今は、兄さんについていこう。
螺久兄さんと共に、お父さんが去年大陸から買ってきた、リュックサックに各々荷物を詰めた。子供部屋は兄さんと共用だったから、隣から螺久兄さんは神那にリュックサックに詰め込むべくものについての指示を出した。
しかし、詰めろというのは、食べ物や、薬ばかりだ。
神那「お着物は!?」
螺久「う~ん、お気に入りだけならいいよ。それよりも、思い出の品とか、どうしても持っていきたいものは詰めたほうがいいかもね。もうにっ、いや、当分は戻れないからさ。」
もう二度と戻れないからと言おうとしたことぐらい、わかる。
でも、思い出の品・・・。ああ、箏だ。
けれど、箏はあまりにも大きすぎて、リュックには入らない。仕方なく、昔、ペンで家族全員の顔を顔と名前を落書きした、大小さまざまの箏柱、それと爪など、小さなパーツだけを巾着に入れて詰めた。確かにこれらは、神那の宝物だ。
神那「兄さんは笛、持っていけていいな。」
螺久「箏はそうだね。残念だ。まぁでも、なんとかなるよ。」
神那は、そういいながら、刃物や刀を詰めている兄さんを眺めた。刀が数本、小刀も数本、草刈り鎌、ロープ、水晶のような宝石、干し魚、等々・・・。今日は兄さんの「なんとかなるよ。」は、色々な意味が重なっているようで、とても重く感じられた。
ともあれ、二人は準備を終えた。
お父さん「気を付けていきなさい。」
お父さんとお母さんはどうするの?
そう言いたくて、下を向いて黙っていた。
螺久「神那?」
螺久兄さんは目を合わせずに、とぼけているように言った。
神那「あ、うん。わかった。ラルタロスについたら、またみんなで、お大福食べましょうね。」
お母さん「ええ!」
そういうと、お母さんは後ろにいた父の方に振り返った。泣いているのだろう。
建前なんていいから、「愛しているよ。」って言ってほしかったよ。
さて、親子は別れた。その後、神那と螺久はいつもの森を雑談はせずに颯爽と駆け抜けて、小舟のあるという浜辺に到着した。その浜辺とは、5歳の誕生日に神那が母と螺久と3人で行った場所だ。
螺久「あ、舟あった。」
螺久兄さんは、岩場のかげにあった小舟を指さすと、神那の手を引いて走った。リュックサックがゆれる。
神那「兄さん!!」
岩場へ向かって走りながら、神那は大声で呼んだ。
螺久「なんだい。」
神那「お父さんとお母さんとはもう会えないのよね。」
螺久「いや、そんなことは・・・。」
神那「お兄さん、もう、やめて。もう、2人だけだから、いいんだよ?お兄さんだって、辛いでしょ。」
螺久「そう、だよね。ゴメン。」
浜を向いていた螺久が振り返ると、今まで泣き顔を見たことのない螺久兄さんの頬に一粒の涙があった。
螺久「ああ、もう会えないと思う。」
兄さんには悪いことをしてしまった。兄さんだって辛いのに。けれど、その言葉をお兄さんの口から聞かないでは、頭が完全には切り替わらなかった。
いったい、何が起こっているのだろう。
お父さんは、両星家は魔獣だって、あるまじ木忌という魔獣だって言っていた。それなら、私たちを襲うものがあるとすれば、それは・・・魔獣狩り。
神那「魔獣狩り。魔獣狩りが来たのね?私たちを狩るために。」
螺久「神那は頭がいいね。その通りだよ。今こそ僕が、お父さんの続きを話そう。けれどそれは、舟を出してからだ。」
神那は無言で頷いて、螺久兄さんが小舟を出すのを手伝った。
しかし、舟にはオールすらなく、それこそ、おとぎ話に出てくるようなただ水に浮くだけのような小舟なのだ。これで、大海原を越えて大陸にたどり着くことなんてできるのだろうか。
神那はとてつもなく不安で、再び泣きそうになった。
螺久「確か、こうやるんだよね・・・。」
螺久兄さんが舟の先端部にあったくぼみに手をかざすと、くぼみの中から一ッ葉が生えてきて、兄さんの手を覆いつくした。それとほぼ同時に、舟は海へ向かって進み始めた。
螺久「これでよしと。」
螺久「さて、どこから話そうか。」
曇り空で月は見られず、明かりと言えば、螺久兄さんの持っていたランプとそれを反射する金属製の羅針盤ぐらいのものだ。そして、二人を乗せた小舟は海の闇の中に消えた。深い深い闇の中に。